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第2話 警哭 01

 

 やっぱり、道を変えようかなあ――と、ハルカは思った。


 会社からの帰宅の途中。顔を上げれば目の前にはやや勾配の急な50段ほどの階段があって、その上にある公園の脇を通る道を200メートルほど行けば、家には帰り着くことができる。けれども、この先に続く道をなんとなく通りたくない理由が、ここ最近のハルカにはあった。


 実は最近、この階段の上にある公園に――幽霊が出るらしい、というのだ。


 もちろんハルカはそんなオカルト話を簡単に鵜呑みにするような質ではないし、オカルトや怪談話のようなものに興味があるわけでもない。

 幽霊話は、ネットで知った。というより、ネットの中で噂になっていた幽霊の目撃情報があるとかいう場所を、会社の同僚のひとりが特定して、わざわざ教えてくれたのだった。


 ハルカ自身は、普段からそんな情報に自分から触れたいは思わない。

 しかし世の中にはそういう情報が集まるサイトと、そういうサイトに好んで張りつく人種があるらしく、同僚もそういう類の趣味を持っていたらしかった。


 もっともそれだけの話であれば、自分でもここまで幽霊が出るなんていうネット発の噂話を真に受けて怯えたりはしなかっただろう。問題は、その話にはさらに信憑性を与える事実があった、ということ。実際に、ここでは、少し前にある事件があった。しかも、幽霊が出るという話が噂になってもおかしくないような事件が。


 それはある殺人事件で、件の公園の中で、女性が遺体で見つかった、というものだった。女性はどうやら通り魔的に乱暴されてそこに捨てられていたらしく、犯人が捕まったという話もまだ聞かない。聞いた噂話によると、幽霊は、その時の女性と同じ服装をしているのだとか。確か、赤いワンピースだっか。


 まあ――この階段と、その先の公園の脇道だけは、街頭も少し少ない上に暗いような気がして、自分としてもあまり好きな通り道ではなかったのよね、もとから。

 ハルカは階段を見上げながら改めてそう思った。

 おまけに今日は残業で時間もかなり遅くなってしまっていた。


 この階段を上がらなくとも、家に帰れる道は他に二つある。けれどもそのどちらもが、この道に比べるとだいぶ遠回りになってしまうので、多少の不気味さには目を瞑って、ハルカはこの道を使っていたのだ。


 そもそもの発端だろうあの事件があったのは、もう3年ほど前になろうだろうか――。


 そう考えると、事件直後からではなく、なんで3年も経った今さらになって、幽霊話が広がったりするんだろうか、とも思えた。


 けれど。


 ネットでまで話が広がるときというのは存外そんなものかもしれない。

 前々からあった話とかでも、なにかのきっかけで急に拡散されて世間に広まったりするものだ。

 とにかく、ここは早く通り抜けよう。


 幽霊、なんて。

 真面目に、信じているわけじゃないけど。

 ハルカは階段に足をかけた。

  


      ☆

 


「――『神社カフェ』だぁ?」


 目の前の人物が、そう言ってそんなふうに怪訝そうな顔をするだろうなあ、というところまでは予想していた。

 優麻はうなずき、


「ええ」


 と相手に笑顔を返した。


「最近、多いんですよ。そういう……副業といっていいんでしょうね、カフェとか、なにがしかの教室とか、空いてる時間やスペースではじめるお寺とか神社さんが。だから柚真人くんもどうですか、と思いまして」

「……お前なあ。何を言い出すかと思えば。だから、うちはそういう神社じゃねえと――」


 言いかけて、ふと、以前にも同じようなことを口にしたことがあるなと思って言葉を止めたのは、当の神社の神主である、すめらぎ柚真人ゆまとだ。

 柚真人はそのまま話にならんとでもいうかのように口許を歪め、目の前の、テーブルの上に載っている料理に箸を伸ばした。


 二人は、都内のとあるダイニングバーにいる。神社の神主であり、夜も基本的には仕事のある柚真人はふだんからあまり外食をする習慣がない。今日はそこをおしてなんとかと強引に、――仕事上のパートナーでありかつ昔から公私の境目なく付き合いのある弁護士でもある優麻に連れ出された。


 ここのところは、実はそんなことも増えていた。優麻の言い分では、放っておくとすぐに今の柚真人の食生活が荒むから、ということらしい。

 まあ、人間だれでもそうだとは思うが、ひとりでは自分の食事はおろそかになりがちなものだろう。

 柚真人はもともと料理をするのは好きだったから、その気になれば自分ひとりでも食事に困るたちではない。ただ、それ以上に自分自身のことには無頓着なたちだったから、ひとりで食事をするとなると栄養さえ取れればなんでもいいか、という具合になってしまう傾向が強いのだ。


 優麻の行動は、そういう柚真人を心配してのことでもあろう。

 生命と生活の基本なのだから、なるべく美味しく楽しく、というようなことを優麻はよく言う。

 かつては、柚真人もそういうことを考えていたし、そういう信条を持ってもいた。一緒に、食卓を囲む相手が優麻以外にもあった頃は。そして、美味しいものを美味しく食べるという行為も好きだった。

 こういうところに機会があれば柚真人を連れ出すのも、だから、だろう。自分で自分のためだけに料理をする気にならないことも多い今ではなおさら、腕のあるプロが作ったものを食べるというのも、悪くない。


「柚真人くん、料理をするのが好きだったでしょう」


 と、柚真人の胸のうちをすかしたように優麻が言った。

 あと、どこかかつてを懐かしむようにも。


 柚真人にも、それを否定するつもりはない。だが、優麻は知っているはずだった。

 柚真人が、どうして料理をするのが好き『だった』のか。

 なのに、日々、こまめな食事の支度をするのをやめてしまったのか。


「だとしても。俺が、あの神社の、あの境内で? カフェ開業とか。んなことしてるの、想像できるか?」


 そういうことも言外に含んで、柚真人はにべもなく返した。

 すると、優麻は、それはそう、というような表情になり、


「まあ、そう言われるとできませんけど」

「だろ?」


 柚真人はかすかな苦笑いとともに、料理をつまんだ箸を自分の口許へと運んだ。


 テーブルの上に載っているのは、二人がオーダーした、酒の肴風の一品料理が三皿ほどだ。

 飲んでいるのは最近流行のクラフトビール。

 柚真人が口に入れたのは、大根をサイコロ状にして味をつけ、表面に片栗粉をまぶして揚げ焼きにしたと思われるものだった。


 味をしみこませてから揚げてあるので他に調味料はいらない。とはいえ味そのものより出汁の成分が強く感じられ、なかなかいいな、と柚真人は思った。

 同時に、柚真人の頭の中には、今でも料理を食べさせたいと思う相手が浮かんでいる。

 浮かんでいて、その相手のために、自分がこの料理を再現するならああだな、こうだな、というインプットまでしているので、ともすると優麻の目論見はここまで見通しているのかもしれない。

 ただ前向きにきちんとした食事を摂ることで生きる以上に、強く、柚真人を生かすための力に。

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