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第一部 第3話 蔵姫追儺 02

 

 

「では、これで一月の定例会議を終わります」

 



「はああ―――――、終わった終わったっ。ったくいいかげんにしてほしいよなあ! 始業式だぜ、今日。しかも正月明けだってのによ」


 議長の会議終了の宣言を聞いて、(たちばな)飛鳥(あすか)は大きく伸びをする。


 伸びと一緒に、欠伸が出た。

 教室の壁にかかっている時計は、すでに午後三時を回っていた。

 本日は、一月八日――三学期初日である。


 ぞろぞろと席を立つのは、月に一度の定例級長委員会を終えた、私立西陵高等学校は一年生の学級長達。

 そのうちの一人――橘飛鳥は、長ったらしい前髪を鬱陶しげに掻き上げ、隣に立つ学年首席の幼馴染み――皇柚真人の背中をがしがし叩いた。


「いや、忙しいねえ。多忙だねえ、柚真人(ゆまと)君」


 西陵(せいりょう)高校は校舎は都心をやや武蔵野方面へ離れた郊外にある。

 男女共学、平均的な学校より幾らか厳格な校風が売りの都内中堅の進学校である。

 制服は、柔らかな鶯色のジャケットと暖かい鼠色のボトムが基調だ。


 歴史としては開校四十年を過ぎたところで、敷地は広く、校舎もそろそろそこそこに古い。ゆえに学校は、生徒たちにもっともらしく語って聞かせるほどの歴史にも不自由していなかった。


 しかしその一方で、再新鋭の設備の拡充にも怠りがなく、生徒の評判、受験人気ともに上々である。


 橘飛鳥は、その西陵高校一年二組の、皇柚真人は同じく一年三組の、級長を務めている。

 その顔面偏差値と物理的な頭脳の偏差値と教師受けの良さでもって、入学と同時に面倒な地位に無理やりまつり上げられたのが皇柚真人だ。

 対する橘飛鳥はというと、同級の生徒達の人気を強引にかっさらって好きこのんで――というよりなんとか柚真人と関わる時間を増やしたくて級長の地位に登り詰めたと言うのが正しいだろう。

 まあ、そうでなくてもふたりの付き合いはもともと長い。

 柚真人と飛鳥は母方を同じくする従兄弟同士だ。

 ただし、顔立ちは少し似ている程度で、性格は正反対。柚真人が些か裏表のある完璧な仮面装備型人間であるなら、飛鳥はまったく裏というものがない直球野郎だった。

 その関係はといえば、物心ついた時からの友達とも幼馴染みとも呼べる間柄で、有り体に言えば腐れ縁という言葉がいちばんしっくりするだろう。


 ともあれ――正月早々といえども学校が始まってしまった以上、学級長をつとめる二人が多少忙しいのは致し方なく、そこを愚痴ってもはじまらない。


「べつに……おれにつきあってくれ、と頼んだ覚えはないよ。お前、好きで多忙な生活してるんだろう?」


 唇に皮肉げな笑みを刷きながら、柚真人はそう答えた。


「むしろおれを巻き込まないでくれないか、といつも言ってる気がするぞ、おれは」

「そんな淋しいこと言ってくれるなよ、僕と柚真人との仲じゃないか」


 柚真人からして見ると、この従兄弟・飛鳥ときたら、やたら好んで自分と腐れ縁を拵えているようなふしがあった。

 とはいえ、どうやら好かれているようだから、別段、とくに悪い気はしない。

 それに飛鳥とは本当に長いつきあいだし、その時間が生んだ彼との間にある関係は、得ようと思って得られる代物ではないからいいだろうと、柚真人は思っている。


「冷たいのう、柚真人君は」


 柚真人にあしらわれると、いかにも淋しそうな目を、飛鳥はしてみせる。


「だからさあ。今年の受験生の試験監督。一緒にやろうよ」

「……やっぱりそうくるんだよな」


 そう。今日の会議のもっぱらの議題は、迫り来る入学試験に備えての、試験監督や受付、それに道案内などの係を募ることだった。

 この役目に、級長自ら名乗りを上げてもいいはいいのだが、そんな物好きはまずいない。大概はクラスに議題を持ち帰って別途で募集される。


 呆れたように、柚真人は切り返した。


「嫌だよ。面倒だし、退屈だし。お前、なんだってそう面倒な雑用が好きなんだ?」

「いいじゃんかよう。面白そうだしさ。おれ、去年受験したとき、合格ったら絶対やるんだって心に決めてたんだもん。お前、思わなかった?」


 これである。一緒にいると、とりあえず退屈だけはしないこと請け合いだ。いつも何かに巻き込まれることになる。


「物好きな……」

「なあ。やろうな?」

「断る」


 柚真人は不機嫌な表情で吐き捨てた。


「おれはクラスから人員募る。だいたいだな。せっかく平日休みってのに、何が悲しくて試験監督やるために学校なんか来なきゃならないんだよ」


 すげなく言い返した柚真人は、鞄を取り上げて立ち上がった。


「帰るぞ」

「おおい、待てよ」


 飛鳥も柚真人を追って立ち上がる。


 真冬の鈍い陽射しが、ワックスの染み込んだ木タイルの床に長い影をつくっている。すでに、教室に残された人影は疎らだった。


 そして二人が教室を出たときである。

 会議室の前の廊下で所在無げにたたずんでいた一人の男子生徒が、不意に顔を上げた。


「ああ――(すめらぎ)! よかった、待ってたんだ」


 男子生徒は――教室から出てきた柚真人の姿を認めて安堵したように表情を緩めたのだった。


 その男子生徒は飛鳥の学級――柚真人の隣の学級の、三条(さんじょう)祐一(ゆういち)


 飛鳥にとっても、柚真人にとっても、面識がある、くらいの認識しかない生徒だ。

 少しばかり神経質そうな顔立ちの少年は、しかし何かに縋るかのような切羽詰まった目をしており、飛鳥はそれを怪訝に思った。

 果たして三条は、飛鳥のことはとりあえずかまったふうではなく、一直線に柚真人に詰め寄り、そして――。




「皇。話があるんだ。ちょっとでいい。お前ん家、神社――やってるんだよな?」



      ☆



 三条少年の話は、実に奇怪なものであった。


「妹が、蔵に入ったまま、出てこないんだ」


 ――陽も傾いてゆく午後四時の教室。

 少年は、泣きそうな顔でそう言った。


 そして、こう続けたのである。


 三条の家には、蔵があった。

 古くからの地主で、広い土地を持っているのだ。その蔵に、七日前から、三条祐一の妹の美佳が閉じ込められているという。

 そもそもその蔵はもう何十年も前から――いや、何百年も前から錠前で扉は封印されているのだという。祖父と両親に聞いた言い伝えでは、三条家のその蔵には、『クラヒメ』様なるものが棲んでおり、蔵の扉は開けてはいけないことになっているというのだ。


 開ければ――三条家は『クラヒメ』様の怒りをかう。

 災いが降りかかる。


 さて、事の起こりは七日前の元旦。

 三条家の正月は、とりあえず家族で過ごす決まりだった。今年の元旦も、家族で初詣でに行って、祐一も帰ってきてからは何となくすることもなくてごろごろしながら妹の遊び相手をしていたのだそうだ。

 妹はそれから庭に出て遊ぶといい、祐一が妹を玄関から出した。

 それが、祐一が見た最後の妹の姿だった。

 そして――妹の姿が見えなくなった。


 祖父と両親は酒が入って寝てしまい、祐一も自室でテレビゲームに興じていた、その間の出来事だった。

 日が暮れて、夜になっても帰ってこない。そこで不審に思って、家中の者が探したところ、何と――庭の隅にある土蔵錠で封印された蔵の中から、妹の声がしたのだそうだ。

 そこからが三条曰く、おかしい。


 普通に考えれば、安堵して蔵の錠を開け、家族は娘を蔵から出すであろう。


 それがごく当たり前の行動だ。


 しかし――家の者は、誰一人として、蔵の鍵を開けて妹を助け出そうとしなかった。それどころか、蔵には触れるなという。


 祐一の妹は小学三年生。この冬の最中に暖房器具ひとつない古い蔵の中に飲まず食わずでは、そうそうもつとも思えない。否、放置するのは危険であるとさえいえるだろう。

 なのに、誰も妹を蔵から出そうとはしないというのだ。

 そしてさらに不思議なことに――妹の声は何日経っても変わらず元気で、蔵の中から、誰かに閉じ込められたのではないから心配しなくていい、と云ったのだ。


 ――此から出るのは嫌。

 ――友達が居て一緒に遊んでいるの。 

 ――それで楽しいの。


 それを聞いて家族は戦慄したという。

 何百年も前から封印されたままのはずの蔵の中に、誰が居るというのか。

 いったい誰が一緒にいるというのか。


 そんな筈は――。

 そんな筈はない……。


 いや――居る。


 ――『クラヒメ』様だ――。

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