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第一部 第2話 永遠の一対 06

 

  

 

 皇柚真人は神職としての勤めのほかに、個人的なお秡いなどの頼みを請け負うことがある。




 皇流神道は、一般的な国家神道とは異なる、異質な神社神道である。

 皇神社が、そのような地位に在るのは、その血が受け継ぐ異能と神事の異様にあった。

 死者に触れ、死者の想いを感じ、死者と言葉を交わすこと。

 血を穢れとせず、死を不浄のものとしないこと。

 それこそが、皇流の本質である。


 死は、本来であれば汚穢として忌み嫌われるべき不浄のものであるが。


 ――黄泉信仰。それが皇流神道であり、皇の異能だった。


 そして皇流神道においては、一族のなかでその異能を受け継ぐ子女のみがその神事のすべてを引き継ぐことを許されるのである。

 それさえあれば、神社本庁の授ける神職の資格など、問題ではない。


 皇柚真人は、その血を最も濃く継いだ、八十四代目の皇家当主――皇の『巫』であった。


 その柚真人が、篠崎家から、死者秡の依頼を受けたのが、十一月十日のことだ。


 篠崎家では、十一月二日と五日に、相次いで子供が死亡、翌六日からの霊障に悩まされた家の者が葬儀を行った僧侶に相談し、護符をいただいたものの、心の中で収まりが付かず、人伝に皇神社の噂を頼ったのだった。


 始めに死んだ男は篠崎の長男、尚清。大学四年生で、死因は溺死だった。大量に飲酒し、そのまま入浴して、自宅の風呂で溺れて死んだのだ。

 尚清には婚約者がおり、来年春の卒業をまって挙式の予定があった。家族は、息子の無念が霊障を起こすのではないか、といっていた。

 そして――美しい婚約者の女性も、泣いていた。



「つまり、おれはその時に、仏壇の遺影を見ている。それで先週、うちの境内にあらわれた彼女を見た時、すぐわかった。……篠崎湖珠、だと」

「はあ、なるほど。それで奇遇、と。何も訊く必要がなかったんですねえ」


 面白そうに優麻は頷いた。そして温くなったお茶を啜った。


「で? 亡くなったのは兄妹両方ですから、『殺人』とすると、どちらかが殺されたと?」

「うんまあね」

「けれど君は証拠を湮滅した。おそらくは、彼女のために。……めずらしいことですよね、柚真人君。君は、いつもは生きてようと死んでようと他人には厳しいですもんね」

「自分にだって厳しいつもりだよ」

「冷酷無比な皇流の今当主――皇柚真人君らしくない、とは思いますが」

「いいや。――むしろ今回ばかりは、おれも情に流された。それこそが、おれらしいんだよ」


 呆れたような口調で言う年上の友人に、神主はそう返した。



      ☆



 柚真人にとっても、それは意外な答えではあったのだ。


 最初に訪れた時には、もう僧侶が施したらしい某かの呪いで、家の中はおろか屋敷の敷地の何処にも、死者の気配など遺されてはいなかった。

 わかったことといえば兄の事故死と妹の自殺。

 しかも家族は、当然一介の、それも社会的にはまだ幼いともいえる少年神主を相当にうさん臭げに思っていたらしく、その日は仏間以外への立ち入りを、許されなかった。

 それで、どうしたものかと思案していたところに、ふらりとあらわれた女――それが、あの日、夕暮れ逢魔が時に柚真人の下に訪れた、篠崎湖珠だったのである。



 ――結婚も決まっていたのに。どんなに無念だったでしょう。

 ――妹まで、連れて行くなんて……。



 当然と言えば当然のことなのだが、家族には、分からなかったらしい。

 その家で騒いでいたのが死んだ息子ではなく、娘の方だと。


 柚真人は、二度目に篠崎家を訪れて真実を知り、三度目で彼女が探していたものを見つけた。風呂場の側溝に落ちていた、銀の耳飾を見つけたのである。

 それは証拠品となるべきモノだった。

 その風呂場で殺人が行われたことの。


 女はその日。

 酒に酔った男を。

 浴室に沈めた。

 そして現場に耳飾が残った。


 ――それが。


 柚真人の視た真実の――姿。




「それでは兄の尚清は、妹の湖珠に殺害されたということですか?」


 意外そうな問い返しに、柚真人はあっさりと頷いた。


「そういうことだな」

「でも……」

「その、十一月二日っていうこはな、尚清の誕生日で、さらに婚約披露の日だったわけだ。つまり、その日は沢山の親類縁者が集まっていた。篠崎家は屋敷も広いしそこそこ由緒ある家柄で親族も多い。めでたいことだし、夜ともなりゃあ大宴会ってわけだ」

「……」

 その最中に、女は、酔った男を浴槽に沈めた。それだけで、証拠は一切残らない。

「……そうでしょうか?」

「それが彼女にとって一番確実だったんだよ」

「しかし、それで証拠が耳飾だけですか?」

「着衣のままなら、普通は浴室に存在しないはずの物証、例えば衣服の細かい繊維等をどう処分するか……って?」

「ええ。それに、普通は他にも証拠は残るでしょう。圧迫痕、防御創、爪の間の皮脂……髪……。それ以前に、いくら相手が酔っていたとしてもね……浴室で、自分より非力な女性相手とはいえ、そう簡単に殺害にまで至るというのも……」 


 腑に落ちない、というように、優麻は首を傾げている。煙草の灰をとんとんと灰皿に落とし。


「第一、犯行を実行しようとしたって、そもそも着衣の儘に侵入してきたら、もうそれだけで怪しいですよ? いくらなんでも、なにかと思って身構えはするでしょう。まあ……それでも、君にはことの真相が見えているのでしょうけれどね」


 だからこその言葉であることを、柚真人とも幼い頃から付き合いある優麻は、知っている。

 この少年は人の目には見えないところからでも真実を探り出すことができるのだから。


 しかし、殺人を肯定しながら証拠湮滅を図るなどというのは、少年らしからぬ行動だと、思う。


 すると少年は再び言葉を継いだ。


「証拠ってのは、そこあるのが不自然だからこそ証拠になり得るものだろ」

「まあそうですけど」

「だからさ。まずそもそもそれが異常なことでなければ誰の目にも留まらないだろ。埋もれてしまうから、拾い上げることができなくなる」

「そうですか?」

「そうだ」


 少年は言い切る。


「お前、弁護士だろう? おれの話、ちゃんと聞いてるか?」


 ふ、と唇に笑みを刷いて。


「彼女が妹だからだろ」


 冷たい色の瞳が、優麻を見る。


「彼の妹だったら、まず余計な証拠なんか残りっこないじゃねえか。抵抗もな。同じ家で生活してりゃ、風呂には普通のDNAが取れる物証は残る。というよりもな、この場合、妹だって服なんかきちゃいない、二人は一緒に風呂に入ったんだよ。『そう』いう目的で」

「――は……?」



 その日。

 妹は酔った兄を誘う。


 二人が。

 互いに道を踏み外した恋に墜ち、互いに自らの気持ちに背こうと必死であったならどうだろう。


 男の婚約も、そう、汚れた恋から逃れるためであったなら。

 そして妹が兄のようでなく、自分の恋にただ正直であったなら。


 泥酔して正気を失った男が、ふらふらと女の誘いにのる光景を少年は視たのだ。


 ――これで最後にするから。お兄ちゃん。


 そう懇願されて、彼は拒めなかった。

 そして理性も知性も瓦解する。

 心は禁忌を意識しながら、躯は妹を索める。

 それは、他人には絶対知られてはならない二人の背徳の秘密。


 ただでさえ屋敷は広く、家族も客も宴会で酒が入り、他人のことなど気にしてはいない。あるいは妹の方は、周到にアルコールに催眠導入剤くらいは混入したかもしれない

 そうであるから――そうであるなら二人が一緒に浴室にいくことなどちょっと注意を払えば簡単なことだった。

 それはもう、何年も前から親の目を盗んで続けてきたことだったから。


 兄妹にとってはそれは日常的な行為ですらあって、親さえ騙し続けてここまできたのだ。


 だからその日の真実を、誰一人として知らない。

 知り得ない。


 大量に飲酒した人間を、浴槽の中に静めて殺害するのは、さほど難しいことではない。

 まして躯の欲求に溺れかけている男など。


 彼女は頸筋に指を這わせ、そのままその指先に軽く力を込め――水面に恋人の頭を突っ込んだ。抵抗したところで、それは大した障害にはならなかった。

 そして彼もまた、抵抗らしい抵抗をしなかった――妹の意思を悟って。


 彼女が肩と額を押さえ込む。


 ――ごめんね、お兄ちゃん……!


 頸は絞めない。

 溺れて死ぬのだ。

 兄は、酔ったまま風呂に入って、事故死するのだ。頸を絞めたら跡が残るって、本に書いてあった。


 ――あたしのこと、誰より好きっていったもん。だから、誰にも渡さないもの……!


 そこにいて、寝起きしているその少女はその家のどこに存在していたとておかしくはない。

 だから証拠を湮滅する必要などなかった。

 ただひとつ、浴室に落とした片方の耳飾を除いては。


「それが……『証拠』と――?」

「そう。ともすれば、彼女自身には、『証拠』という意識はなかったかもしれないが、な。耳飾りは、どうやらその件の兄貴からのプレゼントか何かだったらしいね。けど、彼女はただ、それを大切に思っていただけだったんだ。それを探して、屋敷の中を彷徨ってたんだな。だけど寺の坊主がね。魔除け札で屋敷を結界したからさ、彼女屋敷に立ちいれなくなっちまったわけよ。それがわかったのが、二度目に、彼女の部屋を見せてもらったとき」


 そういって、柚真人は小さく肩を竦める。


「それはバスルームの側溝に落ちてた。彼女、気がついてなかったけどね」

「ああ……あなたには、見えてしまうんですね。そうでしょう? 彼女が死の瞬間に思ったことも――その浴室での出来事も――」


 柚真人は頷いた。


「犯行途中、兄も少しは驚き、己よりも妹のためを思って抗った。そのときに、彼女の耳からそれが零れ落ちたのが見えた」

「……そうでしたか」

「彼女が探している耳飾、というのもそれだとわかったよ。だがそこで、だ。問題が生じたのは。湖珠の犯行はいちおうは完璧だった。半分はそんなわけで尚清の方にも死を選ぶ秘密の理由があったからさ。それらの事情を知らない第三者から見れば、完璧事故死だし、死体にも不審な点はなかったろう。ところがさ、篠崎家はハウスキーパーを雇っていてなあ……。そのハウスキーパー、婚約披露の当日も、夜には屋敷に大勢客が来るってんで風呂から御不浄までしっかり清掃を行ったってんだな」

「そんなこと、わざわざ訊いたんですか?」

「違う違う。だらだらとさ、ご両親が説明してくれるわけ。ほら、死んだ場所だからね。意味もなく脅迫観念にかられて因果関係を作り上げるだろう。その日掃除しなかったら、事故が起きなかったんじゃないか、違う結果になったんじゃないかって。それでいて、それが原因じゃないんだって、一生懸命弁解するんだよな。誰だってそうだろ。例えば、あのとき左の角を曲がっていたら――とか。右側の歩道を歩いていればあるいは何かが変わっていたかも――なんてね」

「……ああ、なるほど」


 仮定的因果経過――優麻は、そんな言葉を憶い出していた。

 仮にそれがなかったとしても、結局違う原因によって、同一の結果は生じる――というやつだ。


 けれどそれはつまるところ仮定の条件関係で、生じてしまった結果に対する原因の因果関係は否定するには足りない。

 ただ、因果関係を否定されると説かれることもある。


 柚真人の謂わんとしていることは、それに似ている。


 ――あれがなければこれはなかった。

 ――否。あれがなくても結局こうなるしかなかった。


 人の心が生む、せめぎあい。

 本当は、生じてしまった結果からせめて目を逸らしたいのだ。

 人は、そのための理由を探す。そして仮定的な条件を見出だしてそれに安堵する。


 だから思う。


 ――ああしなければよかった。何かが変わっていたはずだ。


 そして思う。


 ――いや、結局こうなるんだ。何も変わらなかった。自分に非は無い筈だ。


「ま、その時たくさん来客があるってんで念のために風呂場の側溝もきちんと掃除されたわけだよ。側溝ってほら、普通ステンレス製の覆いがしてあるだろ。あれ、外してさ。だからね……」

「……ああ!」

「髪の毛や、皮脂、指紋はともかく、そのハウスキーパーは、その日、側溝に異物がないことを確認しているときた。そしてあの日、あの時間までに入浴したのは、その長男だけってことになってる。次に覆いを取って掃除したときそれがまだそこにあったら、さあどうなる?」

「それが、間接証拠に――」

「ご明察」

「そうですね。それがいつからそこに在って、いつまでそこには無かったのか――もしそれが明らかになれば、それが間接事実を立証しえますから……」


 優麻の口調は弁護士のそれだ。

 間接事実――それは捜査の端緒となる。犯罪事実が、明らかになり得る手掛かりとなる。


「あなたは、……彼女の犯行を、隠したかった……わけですね」

「彼女は、完全犯罪を実行したつもりだったろうからね。今回かぎりの、奇遇――二重の奇遇に免じて」

「……なる、ほど。それで、あなたらしいと……」


 正しく奇遇は二重であった。


 優麻はそれをよくよく知るからこそ咎める言葉など出てこない。

 犯行事実を明らかにして、彼女の少々無鉄砲な計画を台無しにするなど、いまの彼にできるはずがないのだった。


「しかし、そう立て続けであれば、自殺は性急すぎたのではないですかね? まるで追死ですよ」

「実際、追いかけたんだ。……まさに死人に口無し。よく心得てる」

「それこそ、誰かが疑いませんか」

「……死は伝染する。連鎖反応を起こす。理由があれば簡単にね。だから本来、死は忌み嫌われるべきものなんだ。穢れとされる。ほら、塩撒いたり、斎戒したりするだろ。それってそういう伝染性を断ち切ろうとする行動なわけよ。そういうことになっているから誰もが死を伝染病みたいに思い込む。疑わないさ。ややもすると、妹の死は先に死んだ者が呼び込んだと考える。こういう連鎖は、先に死んだ者が悪いことになるんだよ、大抵。実際、家族も霊障は専ら兄の方がもたらしていると考えていたし。妹さんについちゃ、兄が呼んだのだ、可哀そうだ―――とまでいっていたよ」

「ですが……」

「もう一つある。彼女はね、彼女自身の自殺の理由をもきちんと容易していたんだ。まったく上手くやったよ。おれが家族から話を聞いたときもね、子供をいっぺんに亡くしてえらいうちひしがれてたけど、皆それで納得していた……当たり前だけどね」


 少年は肩を竦めた。


「そう、彼女は自殺の理由を作るために男と付き合い、喧嘩し、争い、わかれた。友達や知り合い、人の目のつくところでこれ見よがしに、しかしかつ慎重に、派手にやったのさ。死後、他人を納得させるためにね」

「そんなことを……」

「誰も疑わないんだよ。普通に仲の良かった兄と妹の間に、何があったか、何かあったんじゃないか、なんてことはね。婚約者のいる兄。恋人のいる妹。普通の家族が何を疑う?」

「ああ……そう。……そうですね」


 ふ、と優麻は肩を下ろした。


 ――それで。


 少年は窓の外を見ている。


 ――『おれらしい』、と。いうのだ、この人は。


「だからおれは彼女に耳飾を返してやった。犯人だって死んでるし、犯罪事実がどこの捜査機関に明らかになったわけでもない。証拠は必要ないだろ?」

「それは、そうですね。あなたの片面的従犯でさえ私たちからすれば立証できないんでしょう」


 柚真人は満足気に頷いた。

 そして静かに言を継ぐ。


「それに、彼――兄の方もね……。たいして抵抗しなかった。たぶん、彼女を待っている。昇天ってくる妹をね。妹の想いを知っていた。……命を絶つことでしか、報われない恋だったんだ。だからね。彼女の願い……叶えたいと思ってね」


      ☆


 そのときだ。


「兄貴?」


 からりと襖の開く音がして、庭の見渡せる応接間に、少女が顔を、出した。




「……」


 一瞬。

 ほんの一瞬、息を飲んでしまったのは優麻の不覚と言えよう。

 それは、彼の妹だったから。


 一方の柚真人は、たったいま優麻と交わしていた会話のことなど初めからなかったかのような素振りで、ひとつ違いの妹を振り返った。


「どうした? 司」

「……あたしに内緒で、何のお話?」


 その切り替えたるや、いつもながら見事なことだ。そう思いながら、優麻も柚真人にならうことにする。


「いえ、別に。どうです? お勉強の方は、すすんでますか」

「おかげさまでね」


 見れば、司はトレーにケーキを載せていた。


「だから、ちょっと休憩して、お茶にしようと思ったんだけど」

「ああ、ではそうしましょうか」


 優麻は、そう言って立ち上がった。


「お茶を淹れ直しましょう。紅茶にしましょうか? それ、チーズケーキですか?」

「うん、昨日買っておいたの。通りの角のケーキ屋さんのベイクドチーズ」

「わかりました」


 優麻は――柚真人に小さな笑みを返し、そして部屋を出た。


 ――おれらしいんだよ。

 ――命を絶つことでしか、報われない、救われない、恋だったんだ。


 優麻の耳奥に、切なく響いた少年の声が残った。




 柚真人が視界の端にそんな青年を捕らえていると、


「雪」


 え? というと、卓にトレーを置きながら、司が庭に面した雪見障子を指差した。


「雪、止まないね」

「ああ」


 柚真人は、畳の上で少し伸びをする。

 司は、そんな柚真人を見て、鼻の頭に皺を寄せて嫌な顔をした。柚真人を見下ろして。


「またうさん臭い話をしてたでしょ、兄貴と優麻さん」

「うさんくさいうって、お前ねえ。しょうがないでしょうよ。お前、おれをなんだと思ってるわけ」

「そりゃ……我が皇家の御当主様?」

「嫌な言い方しなさんな」

「じゃ――霊感商人?」

「それはもっと嫌」


 ふん、と司は鼻を鳴らした。


「嘆かわしい……こんな怪しげな霊感商人があたしの兄貴だなんて」

「司には関係ないことだから、気にしなくていいんだよ」

「それは柚真兄の勝手な言分でしょうが。だったらせめて、家の中には得体の知れないモノ連れ込まないで欲しいんですけど」

「……得体の知れないモノ、ねえ。……はいはい、わかってますよ」


 柚真人はその妹の言いぐさに苦々しく笑って、肩をすくめた。


 彼のそういう、ふとした柔らかい表情には、もともとがとてつもなく端整な顔立ちなので、ひとたび微笑めばそれだけでも、誰もがこの少年に惹かれずにられないのではないかと思わせるものがある。

 だがしかし、実の妹にだけはそれが通用しない。


 妹は、非常に手厳しかった。


「……そういう顔したって無駄だからね」


 司――柚真人の妹は、そうして、部屋に柚真人を残して襖を閉めた。


 ――優麻さん、手伝うわ。


 そんな声が聞こえた。


 柚真人は――一人になった。

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