序章の一 果ての暁
東の空が焼けている。
ひさしぶりに、めずらしく――早すぎるくらいに早く目が覚めたな。
神社の境内に立ち、鮮やかな薄紅に染まりはじめている空の色を仰ぎながら、皇柚真人ゆまとは思った。
もともと、神社の神主の朝は早い。柚真人が宮司をつとめるこの社――皇神社では、一日の一番最初にすることは冷水による禊であったが、それにしてもまだその時間にも早いくらいだった。
ただ、そのぶん、たまさかこうして見事な朝焼けに遭遇した、というわけだ。
境内は森に囲まれているので、鳥の声がする。他に音はない。風が凪いでいるからだ。
柚真人の吐く息はわずかに白く、気温はこの季節にしてはやや冷え込んだ朝になっているといってよかった。その中で柚真人が身にまとうのは寝間着がわりの白い単。そのまま、彼はしかしその場に立ちつくす。
夜を退ける暁の気配。
人はいつでも、それを待ち望む。
朝焼けのていく空の色。
それが、なぜかどこか、無性に懐かしい、ような気がするのはだからだろうか。そんなことを考えた。
心の隅では、らしくない感傷的な感情だな、益体もない、とも思っている。けれども、これはそういったものではなく、言ってみれば生物そのものに備わった本能的な感情であるなということも感じた。
――人?
ふ、と柚真人は自分の思考に疑問符を投げて、苦笑する。
――確かに。人の身なればこそ、心は夜明けに焦がれるものであるのだろう。
だが。
――人。
なのだろうか。
自分が。
そう考えると、いささかばかり滑稽だ。いや、それを通り越してなんとも物悲しくさえ、ある。
ならばなぜだろう。
ここにそういう感情はある。ではこれは、なんだというのだろう。なぜ、こうして見る暁の空と焼ける東雲に、泣きたいような心地がするのだろう。
なぜ。
そう、投げたい問いがあった。
けれども彼は答えを得る術をもたかった。むしろ、それをこの手で叩き潰したのが――自分だ。
失ったものを思い出すな、と柚真人は自嘲する。あるいは、たいそう皮肉なことだ、これは。
やっとの思いで手に入れた。それは確かにここにあるのに――その理由は失った。
世界の夜は明けていく。それを自分は確かに感じることができるのに、ああ、そうだ。
己の夜は、きっと明けることがない。