第五〇章 未来への誓い
帰国したヒロジは、休む間もなく仕事漬けの日々を送っていた。
スタジオでは新曲の最終調整が行われ、小森からは一切の妥協を許さない厳しいチェックが飛ぶ。
「ここ、まだ甘い。歌い直そう」
「……はい」
疲れが滲む声で応えるヒロジだったが、その目は真剣で揺るぎなかった。
それは、自分だけのためではなく、サチと共に歩む未来のためでもあった。
一方その頃、サチは決断を下していた。
パリのサロン〈Veran〉に別れを告げ、同僚たちに涙ながらに送り出されながら日本へと帰国する。飛行機の窓から見えた青空の向こうに、ヒロジの姿を思い描きながら。
数日後。二人は並んで役所の窓口に立っていた。
あらかじめ用意していた婚姻届にペンを走らせ、互いの名前が並んだ瞬間、サチの胸に熱いものが込み上げてきた。
「これで、私たち、本当に夫婦だね」
「……ああ。やっとだな」
役所を出たあと、サチはポケットからスマートフォンを取り出し、母・正子に電話をかけた。
「お母さん、私……結婚しました」
少し涙声で告げると、電話口からはあたたかな沈黙が流れて
「サチ…おめでとう」と心から喜んでくれていた。
しかし、幸せな報告から間もなく、二人の結婚はネットニュースや週刊誌で大きく取り上げられた。
「人気シンガー・宮村浩次、極秘結婚!」と見出しが躍り、事務所にも問い合わせが殺到する。
対応に追われたマネージャーは、SNSなどで深々と頭を下げた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。本人は音楽活動に全力を尽くしてまいります」
薄々感づいていた小森も、ただ静かに目を閉じた。
しかし彼の胸の奥には、不思議と怒りよりも、成長した弟子を見守る気持ちが芽生えていた。
新婚生活は、ヒロジが暮らしていた小森所有のマンションから始まった。
サチは家具の配置を少しずつ変え、キッチンに立っては慣れた手つきで料理を作る。
テーブルに並んだ温かな家庭の味に、ヒロジは心からの安らぎを覚えた。
「ただいま」
「おかえり。今日は煮込みハンバーグだよ」
「……最高だな」
そんなやりとりの一つ一つが、二人にとってかけがえのない時間だった。
ある夜、二人は手を取り合いながらバルコニーに出た。
遠くにそびえるスカイツリーが鮮やかに光を放ち、夜空を照らしている。
「これからも……一緒に歩んでいこう」
「うん。ずっと一緒に」
重ねた手の温もりが、未来への約束を確かなものにしていった。二人の指にはかつてヒロジが送ったカルティエのペアリングが輝いていた。
そして――。
待ちに待った新曲の発売日がやってきた。
大きな舞台に立つヒロジの姿。眩いライトに照らされ、観客のペンライトの波が一斉に揺れる。
その景色の中に、サチの笑顔が重なった。
彼女の存在が、これから先もずっと自分を支えてくれる――ヒロジは胸の奥でそう確信した。
光と音の渦の中で、二人の未来は静かに、そして力強く幕を開けたのだった。




