第四七章 新たな日々、遠くの絆
パリでのサチの新生活が始まった。
石畳の道を朝の光が照らし、カフェのテラスにはクロワッサンとカフェオレの香りが漂う。サチは小さなアパートの窓を開け、パリの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
彼女が働き始めたのはサロン「Veran」。ガラス張りの大きな窓からは、通りを歩く人々の姿が見えた。白と黒を基調にしたモダンな店内には、クラシック音楽が静かに流れている。
「サチ、こっちをお願い」
先輩スタイリストの声に、サチは「はい!」と元気よく返事をし、顧客の髪に丁寧に櫛を通した。フランス語での接客はまだたどたどしいが、その真剣さと笑顔が客の心を和ませていた。
「Merci, très bien(ありがとう、とても良いわ)」
顧客の笑顔に、サチは胸の奥が温かくなるのを感じた。
一方その頃、日本ではヒロジが小森のスタジオにこもり、忙しい日々を送っていた。
「もう一度、最初から録ろう」
仲間たちと共にリハーサルを重ねるヒロジの額には汗がにじむ。ギターの音、ドラムのリズム、そして彼の声が重なり合い、夜遅くまで響いていた。
ふと休憩中にスマホを手に取り、サチにメッセージを送る。
《そっちはどう?疲れてないか?》
数時間後、時差を越えて返ってきたのはサチからの短いメッセージだった。
《大丈夫だよ。お客様が笑顔になってくれるのが嬉しいの。ヒロくんも無理しすぎないでね》
ヒロジはその文字を何度も読み返し、少し照れくさそうに笑う。
「……サチも頑張ってるんだな」
そう呟きながら、再びギターを手に取った。
夜になると、二人はパソコンを開き、Zoomを繋いだ。
「……ヒロくん!」
サチの声がスピーカーから弾んで響く。画面には、パリの小さな部屋で手を振るサチの姿があった。
「サチ! なんか、思ったより元気そうで安心した」
ヒロジは笑みを浮かべるが、その目の下には疲れの色が残っている。
「今日はサロンでカラーのお手伝いをしたの。少し緊張したけど、先輩に褒めてもらえたんだ」
「すごいな……ほんとにもう、パリの美容師って感じだ」
「まだまだだよ。でもね、すごく充実してる」
サチの声に嬉しさが滲む。ヒロジは深く頷いた。
「こっちはレコーディング続きでバタバタしてる。でも……こうしてサチの顔見たら、不思議と元気になる」
画面越しに視線を合わせる二人。そこには距離を越えた温もりがあった。
「おやすみ、ヒロくん。またすぐ話そうね」
「おやすみ、サチ。夢で会えるといいな」
画面が暗転しても、互いの胸には相手の笑顔が残っていた。
遠く離れていても、互いの心は変わらずにつながっている。
忙しい毎日の中で交わすささやかなやりとりが、二人にとって何よりの支えとなっていた。




