第四三章 春の訪れとそれぞれの夢
春の気配が街を包み込み始めていた。桜のつぼみはほんのりと色を帯び、街路樹の枝先で小さな命の膨らみを見せている。スタジオの窓から差し込む光もやわらかく、冬の冷たさを追いやるように部屋を照らしていた。
その日、ヒロジは仲間たちとスタジオに集まっていた。机の上には完成したばかりのCDのサンプルが置かれ、彼らは輪になってそれを見つめている。ひとりが声をあげると、抑えきれない歓声と笑い声が広がった。
「やったな! とうとうここまで来た!」
メンバーの一人が感動で泣き崩れる。
ヒロジはその場に立ち尽くし、静かにCDのジャケットに手を伸ばした。熱くなる胸の鼓動を抑えきれず、自然と笑みがこぼれる。
「……本当に、夢じゃないんだな」
その横で、サチが両手で拍手をしながら彼を見つめていた。
「本当におめでとう、ヒロくん。夢が叶ったね」
ヒロジは照れたように頷き、彼女に短く答えた。
「ありがとう、サチ……。ここからが本当の始まりだ」
仲間とともに歓喜を分かち合いながらも、ヒロジの頭の中にはこれから待ち受けるリハーサルや取材、そして多忙なスケジュールがよぎっていた。それでも彼は、前を向くしかないとわかっている。
その姿をそばで見守りながら、サチの心もまた静かに揺れていた。
(ヒロくんの夢が現実になった……。じゃあ、私も――)
国家試験に合格したサチは、美容師としてフランスで働く道に進む決意を固め始めていた。憧れてきた異国のサロンで経験を積むこと。それは容易ではない挑戦だが、今なら踏み出せると感じていた。
やがて帰り道、二人は並んで春風の吹く街路を歩いていた。夜桜のつぼみが街灯に照らされ、ふわりと甘い香りを漂わせている。
「ヒロくん……」
サチは少し立ち止まり、彼の横顔を見上げた。
「私も、そろそろ自分の夢に踏み出そうと思うの。フランスで美容師として働きたい」
一瞬、ヒロジは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「サチなら絶対できる。俺も負けないように頑張るよ」
二人の声が春の夜気に溶け合い、重なって響いた。
違う道を歩む二人。けれど、その夢は互いを照らし、支え合いながら未来へと続いていく。
夜空を仰げば、桜の枝先が月明かりにきらめき、これからの行く先を優しく照らしていた。




