第四一章 この街の月明かり
深夜。窓の外には静かな街の灯りが瞬き、薄雲に隠れたり現れたりする月が、淡い光を落としていた。
ヒロジはギターを抱き、ゆっくりと弦を爪弾く。その隣で、サチがノートを広げ、彼が紡ぎ出す言葉を丁寧に書き留めている。
「……くだらないと思いながら、醒めた顔で街を歩く……」
かすれた声で口ずさむと、ヒロジは目を閉じて旋律を探るようにギターを鳴らした。
「いつかは光を放つだろう……あふれる情熱の涙……」
そのフレーズが部屋の空気を震わせ、サチは思わず顔を上げた。彼の声に込められた熱が、まるで自分の胸に流れ込んでくるように感じられたのだ。
「ヒロくん……いいよ、すごく。ちゃんと、届いてくる」
小さく微笑むサチに、ヒロジは少し照れくさそうに肩をすくめる。
「本当にそう思う?」
「うん。なんていうか……ヒロくんが自分の心をそのまま歌にしてるって感じがした。作った言葉じゃなくて、生きてきた証みたいで」
「……証か。大げさだな」
そう言いながらも、ヒロジの頬はわずかに赤く染まっていた。
翌日、ヒロジは小森の事務所へ向かった。小さなスタジオに通され、ギターを抱えて深呼吸をする。目の前には、腕を組んで彼を見つめる小森。
「……じゃあ、聴かせてもらおうか」
ヒロジは弦を鳴らし、静かに歌い始めた。
――くだらないと思いながら、醒めた顔で街を歩く……
素朴な言葉が、乾いた部屋の空気を震わせていく。
「いつかは光を放つだろう、あふれる情熱の涙……」
歌い終えた瞬間、静かな沈黙が訪れた。小森は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……悪くない。いや、むしろいいな。素直で、生々しくて……君の声だからこそ響くんだ」
ヒロジは思わず背筋を伸ばし、言葉を飲み込む。
「ほんとに……そう思ってくれるんですか」
「俺は嘘を言わないよ。宮村くん、君の強みは“飾らないこと”だ。テクニックで押す奴は星の数ほどいる。けど、自分の言葉を歌える奴はそう多くない」
小森の声は淡々としていたが、そこに含まれた熱は確かだった。
その言葉に、ヒロジの胸は熱くなった。自分の心の奥底からこぼれ落ちた言葉が、誰かに届いた――その実感が、確かにそこにあった。
「ありがとうございます……!」
事務所を出ると、夕暮れの街が広がっていた。ビルの隙間から覗く月は、まだ淡い光を帯びたまま浮かんでいる。
ヒロジは足を止め、ギターケースを握りしめながら空を仰いだ。
――俺もいつか、あの月みたいに輝けるだろうか。
胸の奥で、サチと共に紡いだフレーズが反響する。
「くだらないと思いながら……いつかは光を放つだろう」
街の喧騒の中で、その声は静かに夜空へと溶けていった。




