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第四〇章 この街の月


 スタジオに集まったメンバーと小森の前で、ヒロジは深呼吸をした。

 次に制作する一曲――それは事務所との契約後、初めて世に送り出す勝負の曲になる。小森の視線は鋭く、その一言に重みを帯びていた。


「いいか、これはただの新曲じゃない。君達の方向性を決める曲だ。ここで結果を残せなければ、次はないと思え」


 空気が張りつめる。

 ヒロジは心の奥底に浮かんでいたテーマを言いかけて、言葉を飲み込んだ。自分の過去、サチと出会って変わった日々――それを音楽にしたい。けれど小森は冷静に告げる。


「個人の思い出じゃ足りない。聴く人の心に届く普遍性がいる。愛、夢、痛み、希望……その核を探せ」


 その言葉は、重くも正しい指摘だった。


 夜。新居のマンションに戻ると、窓の外には煌びやかな街の灯と、その上に浮かぶ月があった。スカイツリーの隣で、静かに白く輝くその姿は、どこか彼を見守っているように感じられる。


 サチが眠りについたあとも、ヒロジは机に向かった。ギターを抱え、時にはピアノに向かい、ひとつのフレーズを何度も繰り返す。声を抑え、夜の静けさを破らぬように小さく歌う。だが思うように言葉が出てこない。鉛筆を走らせては消し、また走らせては丸め、机の上に紙くずが散らばっていく。


「……ちくしょう」


 鍵盤に突っ伏し、息を荒げた。

 そのとき、不意に浮かんだのはサチと出会った日のこと。雨に濡れ、孤独を抱えていた自分に差し伸べられた彼女の手――あの温もり。胸の奥で小さな旋律が鳴り始めた。


 翌朝、目を覚ましたサチは机の上の五線譜を覗き込んだ。

「昨日の……このメロディ、素敵だね」

 彼女の声に顔を上げると、サチはためらいがちにノートを手に取り、鉛筆を走らせた。


「例えば……こんな言葉はどうかな?」


 そこには拙いながらも、心のこもったフレーズが並んでいた。

 ――くだらないと思いながら、醒めた顔で街を歩く……


 ヒロジは思わず笑みを浮かべ、サチを見つめた。

「……ありがとう、サチ。俺だけじゃ辿りつけなかった」


 彼女の隣で、ノートの余白は次第に言葉で埋まっていく。

 その夜の月の光が、二人を優しく照らしていた。

 やがてそれは、この街の空に響く新しい歌となるのだろう。


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