第三六章 交差する運命
磨き抜かれた大理石の床に、シャンデリアの光が静かに揺れていた。
高い天井から流れるジャズの旋律は、柔らかいソファの赤に染み込むように響き、ホテルのラウンジには上質な静けさが漂っている。
ヒロジは背筋を正して歩いた。胸の奥が不思議と高鳴る。
待ち合わせのテーブルには、落ち着いたスーツ姿の男が腰掛けていた。目元は鋭く、それでいて口元は人を安心させるように微笑んでいる。
「はじめまして。小森武です。音楽プロデューサーをしています」
男は立ち上がり、しなやかに名刺を差し出した。
「……宮村浩司です。アーティストをしています」
ヒロジも深く頭を下げ、名刺を受け取る。互いの視線が静かに交わり、その瞬間にラウンジの空気がわずかに張り詰めた。
「お会いできて光栄です。お名前は前から耳にしていました」
「こちらこそ……今日、こうして直接ご挨拶できてうれしいです」
形式的な言葉に隠しきれない緊張が滲む。
ウエイターが運んできたカップから、芳醇なコーヒーの香りが立ちのぼった。
小森はゆっくりとカップを傾けると、真っすぐにヒロジを見た。
「本題に入りましょう。私は新しい才能を探しています。ただし、条件があります」
彼の声は落ち着いていたが、芯の強さがにじんでいる。
「一週間後に予定しているオーディション。そこにあなたを立たせたい。ですが……参加するには新しい曲を一本、自分たちで仕上げてくること。本気で魂を込めたものにしてください。そしてヒット曲を一本お願いします」
ヒロジは息を飲んだ。
突然に差し出された“再起”への扉。しかし、簡単ではない。重みを背負った条件に違いなかった。
「僕に……チャンスを?」
「ええ。ですが約束してほしい。遅刻も妥協も許しません。あなたが本気でなければ、すぐに切り捨てます」
真剣な視線に射抜かれ、ヒロジは拳を膝に置いたまま強く握りしめた。
「やります。やらせてください」
その言葉に、小森の口元がわずかに緩む。
「――期待しています、宮村さん」
二人は固く握手を交わした。掌の感触は短くても確かで、未来の扉を静かに開ける合図のように感じられた。
ラウンジを出たヒロジは、すぐにスマートフォンを取り出した。
〈ボー・ギャルソン〉のグループラインに指を走らせる。
《小森武さんと初対面。オーディションの話をもらった。条件は厳しいけど……もう一度、俺たちにチャンスが来た》
送信ボタンを押した瞬間、心臓が大きく脈打つ。
夜の街の灯りは、これまでよりも鮮やかに見えていた。




