第三四章 迷いの旋律
ヒロジとサチの二人暮らしは、狭いながらも温かい空気に満ちていた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、木の床に柔らかな影を落とす。キッチンからはコーヒーの香りが漂い、サチが作った簡単な朝食の湯気が心をほっとさせた。
だが、ヒロジの胸の中には、まだ嵐のような感情が渦巻いていた。
「……俺、夢を追いきれなかったのかもしれない」
小さな声で呟き、視線は窓の外の曇った空に向けられる。
「ヒロくん……」
サチはそっと手を伸ばし、肩に触れる。
「そんなことないよ。今だって、二人で前に進んでるじゃない」
CDショップに戻った日、古くからのスタッフたちが温かく迎えてくれた。
「ヒロジ、戻ってきてくれて嬉しいよ」
店長の笑顔に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「ありがとうございます……本当に、戻れてよかった」
メンバーたちに対する申し訳なさもあり、感謝の気持ちと罪悪感が同時に押し寄せる。
それでも、音楽を諦めたわけではなかった。
ギターを手に取り、コードを鳴らすと、かすかな振動が胸の奥に届く。
けれど、以前のような情熱はすぐには戻らず、曲作りに対するモチベーションも低下していた。
「俺は、本当にこのままでいいのか……?」
ヒロジは独り言のように呟き、譜面ノートを前にしばらく沈黙する。
サチはその背中を見つめ、そっと声をかける。
「ヒロくん、焦らなくていい。少しずつでいいんだよ」
「……ありがとう、サチ。でも俺……なんか、情けないな」
窓の外には街路樹の葉が風に揺れ、遠くで小鳥の声が響く。静かな日常の中で、自分の弱さと向き合う時間が続いた。
――夢を追いきれなかった自分、メンバーに申し訳ない気持ち、そして音楽を愛する心。
複雑に絡み合う感情の中で、ヒロジは少しずつ、自分の足で立ち上がろうとしていた。
音楽への情熱は、まだ完全には消えていない。微かに灯るその光を信じて、彼は新しい日々に向き合っていく。




