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第三二章 バンドの低迷


 「月光の疾走」が世間に響き渡ったあの夜から、季節はひとつ移ろっていた。

 華やかなスポットライトを浴びたのは束の間、〈ボー・ギャルソン〉の勢いは次第に鈍り始めていた。

 スタジオの窓越しに見える街路樹は色づき始め、夕暮れの光が都会のビルに反射している。そんな日常の景色とは裏腹に、バンドの心には重苦しい影が差していた。


 次に発表したシングルは、期待されたほどの反響を得られなかった。

 オリコンの順位は思うように伸びず、テレビ出演の機会も少しずつ減っていく。

 SNSのコメント欄には「前の方が良かった」「同じ曲調ばかり」といった辛辣な言葉も目立ちはじめ、メンバーの心には影のような不安が広がっていった。

 画面に映る数字やコメントを、無言でただ眺めるだけの時間が続く。


 リハーサルスタジオの空気も重い。

 ギターをかき鳴らす音が途中で止まり、ドラムのリズムも乱れる。

 「……なんかさ、気持ちが乗らないんだよ」

 ベースの仲間がぽつりと呟く。声は小さいが、その重さは部屋全体に広がった。


 ヒロジは唇を噛み締め、言葉を返せなかった。

 音楽に全てを賭けてきたはずなのに、成功が遠ざかっていく感覚。

 ステージの光の中で輝いた自分が、いまや少しずつ影に飲まれていく。

 窓の外に映るネオンの光が、彼の胸のざわめきと重なるように揺れていた。


 「ヒロくん、大丈夫?」

 控室で、サチが小さな声で問いかける。

 ヒロジは無理に笑顔を作ろうとしたが、目の奥に隠しきれない疲れがにじんでいた。

 「うん……大丈夫……ただ、ちょっと焦ってるだけ」

 返事は短く、声もかすれていた。サチはそっと彼の手に触れ、温もりを伝える。


 「昔みたいに、またあの光を掴めるかな……」

 ヒロジは窓の外の街を見つめ、こぼれそうな思いを呟いた。

 サチは黙って頷き、そっと背中を押すように肩に手を置く。


 ――再び、あの光を掴むことはできるのだろうか。


 彼らの音楽は、試練の季節に差し掛かろうとしていた。

 スタジオの隅で微かに光るネオンの反射のように、希望もまだ完全には消えていない。

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