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第三十章 夜景に映る影


 愛を確かめ合った二人は、やがて人目を憚るように夜の街へと足を運ぶようになった。

 シティーホテルの高層階。窓一面に広がる夜景は、まるで星を散りばめたキャンバスのようだった。


「きれい……」

 サチはガラスに手を触れながら、輝く街を見つめた。

 その横で、――ヒロジはサチの肩を抱き寄せる。

「でも、俺にはサチの方がずっときれいに見えるよ」

 囁かれた言葉に、サチの胸は甘く震えた。唇が重なるたび、二人は互いを求め合う気持ちを抑えきれなくなっていった。


 しかし同時に、サチの胸の奥には小さな不安が芽生えていた。

 ――彼は、自分とは違う世界を生きている。

 スポットライトの下で輝く彼の姿を思い浮かべるたび、距離を感じずにはいられなかった。


 その頃、都内のとある会員制レストランの個室。

 ボー・ギャルソンが所属する事務所の社長と、大手レーベルの会長が対峙していた。


「週刊誌の件は心配いらん。娘の結衣が上手くやってくれてな」

 ワイングラスを傾けながら会長は低く笑った。

「……なるほど、パパラッチからネタを買い取ったと?」

「そうだ。くだらん記事で未来ある連中に泥を塗らせるわけにはいかんからな」

 社長は深く頷いた。

「助かります。うちの宝を守っていただいて……」

 事務所の社長はそう言うと、分厚い現金の入った封筒をそっとテーブルに差し出した。会長はちらりと視線を落とし、口元に薄い笑みを浮かべた。

「フッ、まぁ結衣の頼みでもあったからだ」


 その名を聞いた瞬間、社長は一瞬だけ眉を動かした。

 七瀬結衣――会長の一人娘にして、最近ボー・ギャルソンのライブにも姿を見せる若き令嬢。華やかな笑顔の裏に、強い意思を秘めている女。


 翌日、サチのアパート。

 夜の静けさの中で、サチは母・正子に電話をかけていた。

「サチ? 元気にしてるの?」

「うん……元気だよ。仕事もちゃんと頑張ってるし」

 明るく答えたつもりだったが、声の端には揺らぎが混じっていた。

 母はそれを感じ取ったのか、柔らかい声で続けた。

「サチ、無理してない? 都会の人は派手に見えるけど、本当に大事なのは心だからね」

「……うん、わかってる」

 受話器を耳に押し当てながら、サチは目を閉じた。

 心の奥底で不安が膨らむ。ヒロジを好きになればなるほど、彼が遠くに感じられる。


 ――そして。

 時折、頭をよぎるのは七瀬結衣の存在だった。

 彼女の笑顔、ステージを見つめる真剣な眼差し。そのすべてが、サチの胸に淡い影を落としていく。


「ヒロジ……」

 名前を小さく呼ぶと、夜景の光が涙ににじんだ。

 愛を確かめ合ったはずなのに、不安は消えるどころか静かに募っていく。


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