第三章 小さな接点
午後の光が、薄曇りの空を透かしてCDショップの窓から差し込んでいた。外では小雨が静かに降り、濡れた石畳が街灯や看板を淡く映し出している。店内に流れる音楽は柔らかく、雨音と調和していた。
サチはアルバムの棚の前で立ち止まり、指先で背表紙をなぞる。けれど胸の奥は落ち着かず、ざわついている。
「……あ、こんにちは」
振り返ると、そこにあの青年が立っていた。黒いエプロン姿で、少し照れくさそうに笑っている。
「ここでアルバイトしてるんだ。――よく来るの?」
サチの頬が熱くなる。問いかける声は自然で、けれど自分だけに向けられた優しさがあるように感じた。
「……ええ、たまに」
声がわずかに震える。そんな自分を気遣うように、青年はにこりと笑った。
「そうなんだ。……じゃあ、また会えるかな」
その言葉に胸が熱くなる。視線を逸らすこともできずに、ただ頷いた。
棚を整えながらも、青年は時折サチに視線を送る。その指先の動きやふとした横顔――すべてがサチを惹きつけて離さない。
外の雨音と店内の旋律が重なり、ふたりの空間をそっと包む。ほんの数分の出来事なのに、サチには永遠の記憶になりそうなほど濃密だった。
やがて店を後にする時、店長が小声で「また来てね」と言った。サチは微笑みながら店を出る。
サチの耳にはまだ、青年の声が残っていた。
――また会えるかな。
濡れた街並みを歩きながらも、胸の奥には彼の笑顔と温かさが柔らかく灯っている。それは確かな「始まり」の予感だった。