第二八章 すれ違う想い
サチは最近、ヒロジからの連絡にすぐ既読をつけられなくなっていた。
画面に並ぶメッセージを何度も見返しながらも、指が止まる。
心の奥では、ヒロジの未来を思い、距離を置こうと決めた自分がいた。
しかし、その決意とは裏腹に、スタジオZでの仕事にも集中できない。
カットモデルの髪にハサミを入れても、手がぎこちなく、心ここにあらずといった状態だった。
「サチ、どうした?最近、少し元気がないな」
師匠の須賀勇気が、いつもの鋭い目で見守りながら声をかける。
「……すみません、須賀さん」
サチは俯きながら答える。
「何かあったのか?話せる範囲でいいから、俺に相談してみろ」
須賀の声には、温かさと厳しさが混じっていた。
2人はミーティングルームに移動した。
サチは小さく息をつき、心の内を少しずつ打ち明けた。
「最近、自分の気持ちがうまく整理できなくて……。ヒロジさんとのことも、どうしていいかわからなくて……」
須賀は頷き、静かに耳を傾ける。
「そうか……心の不安定さは、仕事にも影響するからな。焦らなくてもいい。少しずつ整理すればいい」
⸻
一方のヒロジは、サチが急に距離を置き始めたことに戸惑いと苛立ちを募らせていた。
「なんで連絡が返ってこないんだ……パパラッチのせいか?」
心の中で疑念が渦巻く。
事務所の社長やマネージャー、結衣とのやり取りは知らず、ただサチの反応だけがもどかしかった。
数日間、何度LINEを送っても既読にならず、ヒロジは苛立ちと不安で眠れぬ夜を過ごす。
仕事にも手がつかず、レコーディングの合間も思考がサチに集中してしまう。
「もう……我慢できない」
ついにヒロジは決意する。
変装をして、サチの働くスタジオZへと向かった。
⸻
閉店後の美容室に到着すると、店内には静けさが漂い、師匠の須賀勇気の姿があった。
窓越しに間接照明の光が差し込み、床に長い影を落としている。
「……須賀さんいましたか?」
ヒロジは小声で声をかける。
須賀は振り向き、にこりと微笑む。
「お、宮村くんか。来ると思っていたぞ。中に入れ」
ヒロジは店内に足を踏み入れ、須賀に導かれミーティングルームへ。
「サチのこと、少し相談を受けたんだ」
須賀は静かに語り始める。
「最近、仕事にも集中できず、宮村くんとの連絡もためらっているようだ。心が揺れているんだろう」
ヒロジはその言葉に眉をひそめる。
「……そうだったのか。でも、なんで俺に言わないんだ?直接、俺に話すべきだろ」
須賀は少し間を置き、言葉を選ぶように続ける。
「宮村くん……実は、事務所の社長やマネージャー、それに七瀬 結衣とのやり取りも受けている。それからサチは君のことを思って、距離を置く決断をしたんだ」
ヒロジの胸が一気に重くなる。
「え……な、なんだって……?!」
唖然とし、言葉が出ない。
知らなかった事実と、サチが自分に打ち明けず距離を置いていた現実に、動揺が走った。
須賀は静かに頷き、深く息をつく。
「焦らずに行動するんだ。サチの気持ちも尊重しながら、会いに行くべきだ」
ヒロジは納得できない気持ちを抱えつつも、すぐに決心する。
「わかった……でも、放っておけない。俺が直接、サチに会いに行く」
須賀は小さく頷き、ヒロジを見送る。
「行け。だが、焦らず、落ち着いてな」
ヒロジはサチのアパートへ向かう為タクシーを拾った。
窓の外には街灯がゆっくりと流れ、夜の風景が静かに二人の距離を映している。
サチと向き合い、自分の想いを伝える――その思いだけが、胸を突き動かしていた。




