第二一章 影を落とす再会
季節は少しずつ移ろい、街路樹の葉も色を変え始めていた。
サチとヒロジの時間は、慌ただしい日常の中でも確かな輝きを放っていた。
放課後のカフェで並んでノートを広げ、サチは美容師になるための勉強を、ヒロジは曲の断片を書き留めている。
「ここ、どう思う?」
ヒロジがメモに書いたフレーズを見せると、サチは小さく微笑んだ。
「うん、すごく貴方らしい。優しいのに力がある感じ」
その言葉に、ヒロジは少し照れくさそうに笑い、カップのコーヒーを一口飲む。
「サチにそう言ってもらえると、自信になるな」
ヒロジの声は柔らかく、それでいてどこか遠くを見つめる響きが混じっていた。
こうした穏やかな時間が、サチには何よりも愛おしかった。
だが、ふとした瞬間、ヒロジの瞳に影が差すことに気づく。
「……大丈夫?」
問いかけると、ヒロジは決まって首を振り、「平気だよ」と笑ってみせるのだった。
その日の別れ際、ヒロジがぽつりと告げた。
「明日、少し話をしたい人がいるんだ」
「誰と?」とサチが尋ねると、ヒロジは「ちょっとした知り合い」と答え、視線を伏せた。
だがその横顔には、普段のヒロジとは違う緊張感があった。
「その人は……音楽関係者のこと?」
サチが思わず問い返すと、ヒロジは一瞬だけ目を細め、低く答えた。
「うん。俺の未来に関わる人、かもしれない」
――私、信じなきゃ。
そう自分に言い聞かせるものの、胸の奥に小さな不安が芽を出す。
翌日。
学校に向かう途中にサチは、足速と歩いていた。オレンジ色に染まる空と、賑わう人々のざわめき。
ふと目にしたのは、駅前のレストランの大きな窓。その奥に、見慣れた背中があった。
ーーヒロジだった。
彼の向かいには、威厳をまとったスーツ姿の男性。そして隣には、華やかなオーラを放つ若い女性――七瀬 結衣、以前ライブハウスでちらりと見かけた、あのセレブな雰囲気のお嬢さん。
三人は親しげに談笑していた。
男性は真剣な表情で何かを語り、ヒロジは頷きながらメモを取っている。
「これからの活動にとって、大きなチャンスになるはずだ」
かすかに聞こえた言葉に、サチの胸がざわりと揺れた。
結衣は軽やかに笑い、ヒロジの腕にそっと触れる仕草を見せる。ヒロジもまた、真剣さと緊張をにじませながら笑顔を返していた。
――どうして、彼がここに……。
足が止まり、胸の奥がざわつく。
窓越しに見る光景は遠いのに、なぜか手を伸ばせば崩れてしまいそうなほど脆く感じられた。
サチは息を詰め、ただその場に立ち尽くした。
彼の世界に、私は本当に並んでいけるのだろうか――。
そんな問いだけが、青空に溶けていった。




