第二章 再会の雨
数日後の朝。
サチはまた、小さな駅のホームに立っていた。小雨に濡れた線路から、かすかに鉄の匂いが立ちのぼる。
――来ているかな。
心のどこかで期待しながら反対側を見ると、黒いギターケースを背負ったあの青年が立っていた。
サチの胸がキュンとする。
そのときだった。
カバンの中から小さな化粧ポーチがつるっと落ち、コロコロと転がってホームの下に落ちてしまった。
「わっ…!」
慌てて拾おうと身を乗り出したサチに反対側から声が止める。
「危ないよ」
暫く呆然とし振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに青年が立っていた。雨で少し乱れた髪を、長い指でかき上げながら笑っている。
「あ、ありがとうございます」
「いや、良かった。電車来たら危ないから」
駅員さんにお願いしポーチを拾い上げて渡してくれた手は意外に大きくて、指先にギターの弦でできた小さなタコが見えた。
「ギター、弾くんですね」
思わず口からこぼれた言葉に、青年は少し照れたように笑う。
「うん。…見ればわかるよね」
「いえ、その…かっこいいなって」
「ありがとう。…君は学生?」
「はい、美容学校に通ってます」
そんなやりとりのうちに、電車がホームへ滑り込んできた。
サチの胸はまだ早鐘を打っていたけれど、自然な会話ができたことが、すごく嬉しかった。
数日後、また雨が降った午後。
サチはいつものように駅のホームで電車を待っていた。雨に濡れた線路から立ちのぼる鉄の匂いに、なんだか胸がそわそわする。
そのとき、視界の端に黒いギターケースを背負った青年が現れた。
――また会えた。
胸が高鳴り、少し心臓が跳ねた。サチは小さく息を吐く。
傘を持っていなかったサチを見て、青年がさっと自分の傘を差し出す。
「良かったら、一緒に…」
差し出された傘に、サチは頬を赤らめて笑う。
「ありがとう…でも、ちょっと狭いですね」
「大丈夫、ギュッとすれば入るよ」
二人は自然と肩を寄せて佇んでいる。傘の下の狭い空間が、不思議と心をくすぐる。雨音が静かにBGMになり、二人だけの時間がゆっくり流れる。
「学校、どのくらい通ってるの?」
「まだ入ったばかりで…毎日緊張してます」
「そうなんだ。初めての場所って、やっぱり疲れるよね」
短い会話の間に、何度も目が合う。さりげなく触れる肩先に、心がじんわり温かくなる。
もぅすぐ電車の時間が迫ってくる。
「じゃあ、ここで…また」
「うん、またね」
ほんの少しの時間だったけれど、心の中に小さな花がそっと咲いたようだった。
雨の匂いと、傘の下で感じた温もりが、二人の心を静かに近づけていた。