第一二章 初めての夜
外はしとしとと雨が降り続いていた。窓を打つ雨粒の音が、夜の静けさをより深く演出する。街灯に濡れた路面が光を反射し、ぼんやりと赤や黄の色が滲む。サチの部屋には間接照明の柔らかな光が差し込み、雨の灰色の世界とは別の、温かく穏やかな小さな空間を作っていた。
「雨、だんだん強くなってきたね…」
ヒロジの低く穏やかな声が耳に触れる。サチは小さく頷き、肩を少し寄せると、ヒロジも自然に腕を回してくれた。その温もりに、胸の奥がふわりと浮くように熱くなる。外の雨音と互いの心拍が、静かに呼応している。
窓の外では、雨に濡れた葉やアスファルトが光を反射し、淡い揺らぎを生む。部屋の中の温もり、灯りの影、湿った空気の匂い。すべてが、二人だけの時間を特別なものにしていた。
互いの目を見つめるうちに、自然と距離が縮まる。深く優しいキスを交わす瞬間、サチの心臓は跳ね上がり、体の隅々まで温かさが広がる。指先や唇を通して伝わる言葉にならない想いに、胸がぎゅっと締め付けられる。
抱き寄せられ、肩や背中に触れる手の温もりに、サチは身を委ねる。雨の音が背景のように静かに響き、外の世界はしばらく消えたかのように思えた。柔らかく絡み合う手と体の温もりは、言葉以上の安心と幸福を運んでくる。
「サチ…大好きだよ」
ヒロジの声がささやきのように響く。サチは胸がいっぱいになり、小さく答えた。
「私も…ヒロくんの事大好き」
そのまま深く交わすキスのたびに、幸福の波が体全体に広がり、心の奥まで満たされる感覚があった。外の雨が窓を叩くリズムに合わせて、二人の呼吸も重なり、部屋の空気がまるで生きているかのように感じられた。
サチはバックから小さな革のブレスレットを取り出す。
「……これ、誕生日おめでとう」
ヒロジの目の前でそっと手渡すと、ヒロジは驚きながらも柔らかく笑った。
「ありがとう……大事にするよ」
その瞬間、二人の距離がさらに近づいた気がした。
やがて、窓に打ちつける雨は少しずつ弱まり、暗い空の隙間から街灯の光がゆらりと差し込む。サチは肩をヒロジに寄せ、手をつないだまま静かに目を閉じる。心の中で、幸福がゆっくりと深く広がる。窓の外には初夏の湿った空気が漂い、雨上がりの街灯に濡れたアスファルトが柔らかく光る。夜風は少し涼しく、夏の始まりを予感させた
――こんなにも愛される時間があるなんて、夢みたいだ。
雨音の余韻が残る部屋で、二人はただ互いの温もりを感じながら、初めての夜を優しく過ごした。




