第十章 すれ違う鼓動
彼の部屋を出ると、夜の空気がふたりを包み込んだ。
夜風は少し冷たく、昼間の熱を洗い流すように頬を撫でていく。アパートのエントランスを抜け、並んで歩く足音が静かな道に響いた。
沈黙が、どこか心地よくもあり、また言葉にできないざわめきを残す。
――さっきの距離の近さを思い出すたびに、胸が熱くなる。
サチは歩きながら、手のひらにまだ残る“触れそうで触れなかった温もり”を思い返していた。
「……なんか、不思議だな」
ヒロジがぽつりと呟く。
「え?」
「いや……こんなふうに誰かと一緒に歩くの、久しぶりで」
照れくさそうに笑う横顔に、サチの心臓がまた跳ねる。
けれど次の瞬間、彼が軽く冗談めかして言った。
「俺、こう見えて意外と家庭的なんだよ。料理とかも、そこそこできるし」
その言葉にサチは一瞬返事を迷った。
――家庭的? そんなこと、今まで意識したことなかった。
頬が赤くなるのを隠すように「へえ、意外だね」と笑ってみせたが、胸の奥に何か温かいものが灯る。
駅が近づくにつれ、別れの時間が迫ってくる。
「今日はありがとう……楽しかった」
サチがそう言うと、ヒロジは少し真剣な表情になった。
「俺も。……また会いたい」
その一言が、サチの胸を強く締めつける。
言葉がうまく返せず、ただ頷くしかなかった。
改札口の前で、二人は立ち止まった。
見つめ合う視線に、言えなかった想いが行き交う。
「……じゃあ、今度は私の部屋に来て。料理、作ってあげる」
思わず口からこぼれた言葉に、ヒロジの目が驚きと喜びで揺れた。
「……ほんとに? 楽しみにしてる」
夜空には、星がにじむように瞬いていた。
都会の喧騒が遠くに霞み、二人だけの時間がゆっくりと流れていく。
サチは胸の鼓動を抱きしめるように、改札をくぐり、振り返りながら小さく手を振った。
ヒロジの姿が遠ざかるまで、その温かな余韻は消えることなく彼女を包んでいた。
次はサチとヒロジがキッチンで距離を縮めるシーン。指先の触れ合いにドキドキが広がります。
お楽しみに…




