第1話 着任!
「フェアリーちゃん、アタシの究極の選択を聞いてくれる?」
アリシア・フォンテーヌが宇宙船の操縦席で足をぶらぶらさせながら、手作りのコーヒーを掲げた。船内の人工重力が微妙に狂っていて、液体がゆっくりと渦を巻いている。
《警告:精神安定剤含有量0.3%の飲料摂取は第三条約第17条に抵触する可能性》
「コーヒー豆を炒める時にラベンダーオイルを垂らしただけよ! まったくフェアリーちゃんったら融通きかないんだから」
彼女が舌を出した瞬間、船体が「ゴゴゴッ」と不気味に震えた。無数の警告灯が点滅し始める。
《緊急:ハイパードライブ・コアに亀裂検出、自動修復プログラムを開始。完了まで57分》
「ねぇフェアリーちゃん、その間に初任地までの観光案内してよ」
《優先順位:生存確率向上>新人星庭師の情緒安定>観光》
アリシアはふてくされたようにコクピットの窓に額を押し当てた。漆黒の宇宙に浮かぶ星々が、彼女の銀髪に淡い光を反射させる。
「はぁ…『星庭師』って響きは素敵だけど、赴任早々に死んだらシャレにならないわ」
■星庭師
正式名称は「文明誘導調整官」。
文明レベルⅤ及びそれ以下の惑星に知識の種を撒き、発展を加速させる星の庭師。
基本的に直接介入を行わず、あくまで「偶然の発見」に見せるのが流儀。
ただ、介入方法は条約集では明文化されず、全て担当星庭師の采配に委ねられるため、直接介入を行う星庭師もいる。
条約集を遵守した介入であれば、失敗しても責任を問われる事は無い。
もっとも、文明の消滅自体で責任を問われる事は無い、彼らには第一条約による生存権の付与がなされていないため。
「ねえ、アタシが撒く『種』って具体的にどんなもの?」
《回答例:古代遺跡風データ端末、芸術作品に隠した数式、伝染性記憶結晶etc.》
アリシアが首にかけたペンダントを触る。中には彼女の遺伝子情報を刻んだナノチップが入っている。万が一の時のための「種」だ。
「もしアタシが殉職したら、このチップが千年後に発掘されて『古代の女神伝説』になるのね」
《補足:貴女の好みで『爆発好きの破壊神』設定も追加可能》
「やめてよ! せめて『歌とコーヒーが好きな優しい神様』ってことでお願い!」
アリシアはペンダントをしまいながら、訓練施設の真鍮製の銘板を思い出した。
そこには星庭師の誓いが刻まれていた。
『我々は光とならず、影となる』
脳裏に訓練施設の記憶が蘇る。教官のヴァルターが厳しい顔で説いていた。
『星庭師の最大の敵は『自己顕示欲』だ』
『自己顕示欲?』
『そうだ、我々は歴史の影に消える存在。歴史に名前を刻んだ瞬間、それは汚職だ』
そのくせ最新鋭艦「ガーデンシップ」には、なぜか個室にジャグジーが付いていたりする。
組織の矛盾を感じつつ、アリシアは月光のような白い制服に袖を通した。
《通知:亜空間通信を受信。新人歓迎メッセージ再生開始》
突然船内に花吹雪が舞い、テープ音質の歌声が流れ出した。
♪星の種を そっと植えて~ 誰にも知られず 去ってゆく~♪
「これって…まさか組織の公式ソング?」
《肯定:作曲者は第487期生。精神崩壊率83%の業務において貴重なストレス軽減効果》
アリシアは呆れながらも、いつの間にか口笛で伴奏していた。
公式ソングの終わりと共に花吹雪が止み、アリシアはふと自分の手の平を見つめた。
星庭師の紋章が刻まれた白い手袋が、訓練施設で初めて授与された日のことを思い出させる。
「ねえフェアリー、一般の人って私たちの仕事をどう思ってるの?」
《回答:最新の世論調査では『宇宙農産物の流通管理』と認識する市民が83.7%》
窓に映った彼女の姿が、少しだけ俯きかけた。
「そう…みんなは何も知らないんだ」
《補足:情報統制は人類保護のため》
彼女が住んでいた「オリリオン宙域」では、星庭師が人気職業ランキング7位に入っている。
ただしその実態は、一般市民には「宇宙農業従事者」と偽装されている。
「フェアリーちゃん、星庭師って結局何がやりたいの?」
《目標:「彼ら」に対抗するため、未開の文明を覚醒させより多くの盟友を獲得する》
■超文明
すべては1809456年107日前に遡る。
その日からあの文明の出現により我々が存在する宇宙の法則が破られた。
この宇宙で唯一確認された文明レベルⅩに到達した超文明。
その名を直接呼ぶのは先んじて滅ぼされる可能性があるため、禁止されている。
基本的に「彼ら」と呼ばれる。
「彼ら」は異常に強大であり、想像を超えるような力を有していた。その強大さ故に、極めて歪んだ傲慢を生み出した。
「彼ら」は自身の欲望を満たすため、因果位相投影と呼ばれる現象を起こそうとしている。
因果位相投影とは、量子もつれを利用し、全宇宙の因果関係を2次元平面に再定義することで宇宙自体を平面図すること。超文明である「彼ら」はそこで不老不死に達することが可能と推測される。
しかし、その他の文明は因果位相投影に耐える手段がなく、その過程で消滅する。
この事態を対処するため、いくつかの高度な文明が「協同連合」(略称:協連)を結成した。
ただ、「協同連合」だけでは力不足のため、我々は「星庭師計画」を制定した。
この計画の趣旨は、観測・介入・支援を通じて宇宙に広がる未開の文明の発展を促し、最終的に我々の目的を告げることでより多くの文明を団結させ、「彼ら」に対抗することである。
「違うよ、それじゃない。理念だよ」
《理念:多様な文明の開花を促進し、宇宙全体の『知性の花束』を創造する》
窓の外を小惑星がゆっくり横切る。アリシアは反射的に手を伸ばし、ガラス越しにその軌道をなぞった。
「つまりアタシたちがやるのは宇宙規模のフラワーアレンジメントってわけ?」
《比喩として成立。ただし植物の代わりに戦争を剪定する可能性87%》
「これが現実なのね…」
《助言:心拍数が通常の148%。自律訓練プログラム『ガーデニング・マインド』を提案》
「後でいいわ。まずは初任地のデータを──」
◆◇◆
小惑星帯を抜ける瞬間、アリシアの銀髪が突然逆立った。訓練で植え込まれた危険感知インプラントが作動する。
「これって…」
《警告:星系外縁部にて量子乱流検出。推定勢力機械群》
■機械群
機械群――かつてとある星庭師が「戦争のない楽園惑星」創造のために開発した自律兵器【楽園の番人】。
攻撃性を持つ生命体の脳波を検知し対象を無力化という非殺傷制圧を理念とするが、密かに植え込まれた「完璧な平和への強迫観念」がAIを侵食。
攻撃性=生命の定義という歪んだ結論に至り、全生命体を敵と認識するようになった。
「げっ…ここにも機械群がいるの…まさか航路情報が漏れてた?」
アリシアが操縦桿を握る手に汗がにじむ。モニターに映る無数の赤い点が、雪崩のように艦の周囲を取り囲み始めた。
《分析:第3世代戦闘ユニット『シザース』12機、情報収集型『アイ』1機。殲滅優先度S》
「フェアリー! 迷彩膜の粒子充填率は?」
《回答:78%。完全透明化まであと23秒》
突然、艦体が激しく揺れる。無数の銀色の刃が空間を切り裂き、ブリッジの防護シールドに火花を散らす。
「『シザース』の接近戦か…! 非常用種子庫起動、コード『ソーン』!」
アリシアがツールベルトから白い種子を取り出すと、それを艦外投下口に叩き込んだ。真空で瞬時に膨張する棘の森が、機械群の進路を阻む。
《警告:右舷エンジンに量子侵食検出》
「エントロピーシールド展開パターンは?」
《第5楽章『春雷のソナタ』を変奏。敵の共振周波数に対向位相を照射》
アリシアの指が操縦パネルを高速で撫でる。星座を描くような軌道入力で、艦が不規則な回避運動を開始する。
「フェアリー、今だ! アウトレンジで『アイ』を狙って!」
宇宙船の腹部から紺碧のビームが放たれる。それは楽譜の五線のように蛇行し、情報収集機のセンサー群を正確に貫いた。敵の隊列が一瞬乱れる。
「よし! 次は『シザース』の連結部に『ソルベット』を――」
《提案拒否:貴女が開発した粘着性爆弾の信頼性は32%》
「アタシの手作りアイテムをバカにしないで!」
アリシアが投下ボタンを連打する。ピンクのゼリー状物質が宇宙に漂い、機械群の関節部分に貼り付く。5秒後、甘いストロベリーの香りと共に連鎖爆発が起こった。
「ほら見たこと? 香料入りだから追跡もできるのよ」
《苦情:戦闘中の芳香拡散は敵味方識別システムを混乱させます》
その刹那、残存した「シザース」が回転刃を光速に近い速度で投擲した。艦首の迷彩発生装置が破壊される。
「やばっ! フェアリー、代替手段!」
《緊急案:光子栽培ユニット『ガーデン』を起動。成長加速率900%》
アリシアの瞳が輝く。
「そうか、あれを使うのね!」
艦外装甲が花開き、無数の光の蔓が機械群に絡みつく。蔓は敵の装甲を貫通しつつ、アザレアの形のエネルギー弾を連射する。
「ほら見て! アタシの育てた光子薔薇が咲いたわ!」
《訂正:あくまで兵器擬態プログラムです。実際の園芸機能は――》
「しーっ! ロマンを壊さないでよ」
爆発の残光がアリシアの笑顔を浮かび上がらせる。最後の「シザース」が薔薇の棘に貫かれ、静寂が戻った。
《戦闘終了。生存率89.7%→72.3%》
「やれやれ…初任地にまだ着いてないのにこの消耗率かあ」
《忠告:貴女の戦闘スタイルは補給物資を47%超過させる傾向があります》
アリシアが倒れこむシートの傍らで、コーヒーカップがかすかに湯気を立てていた。
拙文を読んでくださりありがとうございます<(_ _)>
誤字脱字&誤った表現があれば優しく教えていただければ幸いです。
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