第8話
シーンとなったテーブル。
そんな中、真っ先に聞こえてきたのは、
「はっ……?」
という、レナータの間の抜けた声。次第に唇が戦慄き、瞬きが多くなり、顔全体が赤くなったと思うと……
「はっ、はああああああぁぁ⁉︎」
鼓膜を突き刺すような絶叫が響き渡った。
次の瞬間、レナータは唾を飛ばしながら、ナディアに食ってかかっていた。
「なっ、なな、な、なに言ってんだよ‼ あたしがアルに照れて貰いたい⁉? そ、そそ、そっ、そんなわけな、ないだろ‼︎」
「そう……ですよね」
だがナディアがあっさりと否定したため、レナータはパチパチと瞬きをした。一体、何故あっさりと否定したのか理解できないという気持ちが表情に出ている。
前屈みになった体がゆっくりと椅子に戻ったとき、ナディアが申し訳なさそうに眉根を寄せながら謝罪した。
「失礼なことを言って申し訳ございません。レナータ様は、服装で態度を変えられるのは嫌だっておっしゃっていたのに……私ったら馬鹿な想像を……」
「た、確かに言ったけど……」
「仮にアルバート様が、レナータ様のドレス姿に照れて態度を変えるお方なら、レナータ様は逆に嫌悪感を抱かれるはずですものね」
「〜〜〜〜っ‼︎」
レナータは、何か言い返したいけれど言い返せずもどかしい、といった様子で髪の毛を搔きむしった。だがすぐさま両腕を組むと、レナータの行動を不思議そうに見ていたナディアに向かって、若干口角を引き攣らせながら笑ってみせた。
「ま、まあ? あたしは別に何とも思ってないけど、アルの方はどうだかね?」
「それはどういうことでしょうか?」
「言葉の通りだよ。あたしたちは小さい頃から仲がいいし、今だって私が呼び出したら必ず応じてくれるしね? あんたなんかほっぽり出してさ」
紅が落ちた口角がさらに上がる。
「あんたたち、結婚してまだ一年も経ってないんだろ? なのにアルは、あんたよりもあたしと一緒にいる時間の方が多いし、この間レストランで会った時だって、あたしからの訓練の呼び出しにすぐ来てくれたしさぁ」
レナータの唇がナディアの耳元に寄る。
「案外、王命で結婚させられた妻よりも、あたしと一緒にいる方が良いのかもね」
ねっとりと纏わり付くような声色が、ナディアの耳たぶをなぞった。
レナータの言葉は周囲の者たちにも聞こえていたようだ。皆の表情が固まり、再びこのテーブルの空気が凍り付く。
誰も何も言えない中、レナータだけが勝ち誇ったように、意地悪い笑みを浮かべていたのだが……
「でもアルバート様は、必ず私の元に帰ってきてくださいますよ?」
「……はっ?」
この一言で、レナータの笑みが呆気にとられた表情へと変わった。ナディアはレナータの変化を不思議そうに見ながら小首を傾げる。
「確かにレナータ様と過ごす時間が多いかもしれませんが、アルバート様は必ず私の元に帰って来られます。それは、私と住む場所が帰るべき家だと思っているからではないでしょうか? それ以外に留まる場所は、私にとっては止まり木のようなものなので、あまり気にしておりません」
「と、止まり木であっても、居心地の良い止まり木だってあるだろ⁉」
「でも所詮は止まり木。小鳥も止まり木では卵を育てられないではありませんか」
「…………」
閉じたレナータの口の中から、ギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえた。眉間に皺を寄せ、顔を真っ赤にしながらナディアを睨みつける。
そして鼻の穴を大きく膨らませつつも、気持ちを落ち着かせるためか、ゆっくりと息を吐き出しながら、低すぎる声を震わせながら言い放った。
「あんたさ……前にも言ったけど、ちょくちょくちょくちょくちょく、人の揚げ足をとるような発言をするの、やめた方がいいよ? あたしはそういう小さいこと、気にしないけどさぁ……でも誰に向かって口を利いているのか、知った方がいいんじゃないかい?」
「たっ、隊長? その話はここでは……」
「なに言ってんだい、ムゥト! この調子じゃ、アルは話していないようだから、あたしから言ってやらないとだろ⁉」
「しかし……」
ムゥトがナディアを一瞥したが、開いた口にパンを詰め込まれたせいで、レナータの発言を許すこととなった。
レナータは声を潜めると、誇らしげに告げた。
「あたしにはね、隣国ヤーブラルド帝国の希少民族である【ギルダス族】の血が入ってんだよ」