第6話
レナータに連れてこられたのは、王宮の敷地内にある訓練場だった。
宴会となると人数が多くて食堂に入りきらないため、いつも野外にテーブルを出して行っているらしい。
今、ナディアの目の前にも、たくさんの男性たちがテーブルを広げ、用意された酒を片手に、話を楽しんでいる。皆が会話をしているせいで、話し声は最早怒声と言ってもいいぐらいだ。
今回は、複数の部隊で猛獣討伐に向かったので、かなりの人数だ。
アルバートのような貴族である者たちがいる食事とは思えない煩雑さではあるが、いつ命を落とすか分からない場所に身を置いている彼らにとっては、些細なことなのかもしれない。
「驚いただろ? 貴族の御令嬢たちは、思いっきり酒を飲むことも、声を上げて笑うことだって出来ない場所で食事するのが好きだからね」
「驚いていませんよ」
ナディアはゆっくりと首を横に振った。
脳裏に浮かぶのは、故郷での光景。戦いから帰ってきた男たちが、生きて帰ってきたことを祝って開かれた宴が、目の前の光景と重なり、懐かしさがこみ上げてくる。
だがレナータは、
「無理しなくていいよ。ま、あたしは、あんたが経験したことのないような酷い環境で戦ったこともあるから、全然普通だけどね」
とせせら笑った。
その時、
「ナディア⁉」
聞き慣れた男性の声が、ナディアの鼓膜を震わせた。あまりの大声に、怒鳴って話をしていた男たちの会話が止まり、一斉に声の主を見た。
座っている騎士や兵士たちをかきわけてやって来たのは、アルバートだった。見るからに顔を青くし、焦った様子で駆け寄って来る。
そしてナディアの姿を改めて確認すると、さらに瞬きを多くした。
「な、何故ナディアがここに? 屋敷で待っているんじゃなかったのか⁉」
「レナータ様が連れてきてくださったのです」
「なっ⁉」
アルバートが言葉を失う。
だがすぐさま唇に力を込めると、ナディアの隣でニヤついているレナータに詰め寄った。
「どういうことだ、レナータ! 何故ナディアを連れてきた⁉」
「別にいいじゃないか。アルはいつも宴会を断って帰るだろ? 部下や上官と親睦を深めるのも、大切な仕事だと思うけどねえ。どうせ、ナディアのせいだろ? あなたがいないと、あたし寂しいの~なんて言って」
「彼女は私にそんなことは言わない‼」
必死で押し止めていた怒りが、とうとう噴出したようだ。いつもはナディアの前で優しく細められている瞳が、怒りでつり上がっている。
だがレナータは、
「なに、本気になってんの?」
と、へらへらと笑うだけで、まともに取り合おうとはしない。
埒が明かないと思ったのか、アルバートはナディアの手を取った。しかし、手を繋がれた意味が分かっていたナディアは、夫から手を離すと、ゆっくりと首を横に振った。
アルバートの瞳が大きく見開かれる。
「な、ナディア? 早く帰ろ――」
「いいえ。レナータ様に気づかされたのです。私の存在が、あなたと共に戦う方たちとの親睦を邪魔していたのだと……どうか私のことなどお気になさらず、宴会に参加してください。皆と親睦を深めるのも、大切なお仕事です」
「ナディアのせいじゃない! と、とにかく、君がそこまで言うなら宴会に参加する。だから君は先に屋敷に帰っていてくれ」
「なぁに言ってんだい、アル。せっかく奥さんが来てくれたんだから、ここで皆に紹介しないとね? あたしだって、酒飲みながら奥さんから話を聞きたいしー」
レナータはそう言うが否や、今度は彼女がナディアの手を引っ張り、とあるテーブルにまで連れて行った。テーブルには五人ほどの男性が座っていた。
ナディアが知っている顔――長い青髪をひとくくりにした男性もいる。先日、レストランに伝言を伝えに来たムゥト・リアートだ。
恐らくこのテーブルは、レナータの部下たちが固まっているのだろう。
ナディアたちが来る前までは顔を赤くして話をしていたムゥトの表情が、明らかに固まった。
「え? 何でグリン隊長がここに? それにナディア様まで……」
ムゥトの水色の瞳が、後からやってきたアルバートと、ナディア、レナータと順番に移動していく。
「さあ、どいたどいた。アルの奥さんの登場だよ!」
レナータの言葉に、固まっていた部下たちがハッと意識を今に戻し、慌ててナディアたちに席を譲る。
譲られた席に座ろうとしたナディアの手を、アルバートが掴もうと手を伸ばしたが、ナディアはそれをスルリとかわすと、お世辞にも上等とはいえない椅子に腰を落とした。
ナディアは、この場から離れるつもりはなかった。
自分のせいで、夫の大切な時間を奪っていたのだ。その償いをしたかったのだ。
アルバートはもう一度説得しようと口を薄く開いたが、レナータの怒鳴り声で口を閉じてしまうこととなる。
「さ、アル! あんたは団長の所に行っておいで! これは上官命令だよっ‼」
「し、しかし……」
アルバートの青い瞳が困惑で揺れる。
しかしナディアは微笑みを浮かべると、
「私は大丈夫です。どうぞ行って来て下さい。あなたにこれ以上ご迷惑をおかけすることはありませんから」
と、ハッキリ言い切った。
とうとうアルバートも諦めたのだろう。大きく息を吐き出すと、心配する気持ちを隠すことなく言う。
「……決して無理はするなよ。何かあったら私か、そこにいるムゥトに言ってくれ」
「なぁんでそこで、ムゥトに言えっていうんだよ、あんたは! そこはあたしに任せればいいだろ?」
すでに酒のジョッキを片手にしているレナータが、ガハハと笑いながら突っ込んだが、アルバートはその発言に答えることはなかった。
代わりにムゥトに視線を向け、彼が任せろと言わんばかりに頷いたのを見て初めて少し安堵した様子を見せると、何度もナディアを振り返りながらこの場を去っていった。