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第4話

 程なくして、レナータからナディア宛に、お茶会の招待状が届いた。


 招待客の名前にアルバートの名前はなく、ナディアだけだった。

 というのも、隣国ヤーブラルド帝国からワイドルク王国に逃げ込んだとされる凶暴な猛獣グリュプスを討伐するため、アルバートは他の隊ととも遠征に出ることが決まっていたからだ。


 何故、隊長であるレナータが行かないかは謎ではあったが。


「別に断ってもいい。私からレナータに伝えておくから」


 遠征に出かける前、夫はそう言ったが、ナディアは首を横に振った。


「いいえ。あなたの上官からのお申し出ですから。これも妻として大切な役目ではないですか」

「そうではあるが、君の意にそぐわないことにまで、合わせる必要なんてない。それにレナータは……」

「お気遣い、ありがとうございます、アルバート様。別に意にそぐわない内容でもないですし、私も、あなた様の優しさに甘えてばかりではいけないですから」

「甘えてなんてない! 私が不在中、しっかりと妻としての役目を果たしてくれているじゃないか」

「ならば、今回も役目を果たさない理由がありません」


 ああ言えばこう言って、ナディアはアルバートの言葉を聞こうとはしなかった。逆に、レナータとの茶会を阻止しようとしているようにすら見える夫の言動を、不思議に思ってしまった。


 これ以上何を言っても無理だと感じたのか、アルバートは大きく一つため息をついた。そして、


「何か不快な思いをしたら、どんな理由をつけてもいいから帰ってきて欲しい」


とだけ言って遠征に出て行った。


 茶会の当日。

 ナディアは、グリン子爵邸にいた。そばには、侍女であるサリーも付き添っている。

 相手は主人のライバルだとすでに臨戦体制に入っているのが、彼女の背後から立ち上る闘気が感じ取れる。


 夫もサリーも何を気にしているのか。ナディアには分からなかった。



 ナディアを迎えたのは、貴賓室のテーブルに先に座っていたレナータだった。

 彼女はナディアを一瞥しただけで、席を立とうとはしなかった。代わりに少し戸惑った様子で、グリン家の侍女がナディアを迎え入れ、席を勧めた。


 テーブルの上には、色とりどりの菓子や軽食が並んでいる。レナータも昼間のため、肌を隠すドレスを身につけ、赤い髪も結い上げていた。

 誰がどう見ても貴族令嬢だ。王宮騎士として、国を守って戦っているとは思えない優雅さだ。


 だが、


「まあよく来てくれたねぇ」


 足を組みながら偉そうに告げる態度は、ナディアが学んだ淑女教育からはかけ離れたものだった。


 グリン家の侍女がやってきて、お茶会が始まった。美しい装飾が施されたティーカップに、香り高い茶が注がれる。立ちのぼる豊かな香りに、ナディアは鼻孔から香りを楽しんだ。


 だがレナータは不満そうだ。


「ったく……こんなにも張り切って用意しなくてもよかったのに」

「そうなのですか? こんなにも美味しそうなものばかりですのに」


 ティーカップを持ち上げる手を止め、ナディアが訊ねる。


 料理という大切な分野を担う者たちが、客に失礼がないように、そしてレナータの茶会がより良いものになるようにと心を込めているのが、目の前に並べられた色とりどりの菓子や軽食から伝わってくる。


 もしナディアがレナータの立場であれば、料理長や料理人たちに礼を言っただろう。どこが不満なのだろうかと首をかしげる。


 だがレナータは、ケーキのクリームを指先で突き、ぺろっと舐めると、顔を顰めた。


「お茶だのケーキだの……あたしは貴族の御令嬢たちが好みそうな甘い物は苦手だっての。あたし的には、酒を飲みながら肉にかぶりつきたいんだけどさ」

「そうでしたか。それなら、お肉とお酒をご用意頂いても大丈夫ですよ?」

「あんたに気を遣ってやったの! そんなちっちゃな体じゃ、大して食べれそうにないし、酒だって弱そうだし。あたしの部下たちと一緒のペースで飲めるわけがないだろ? 少しはこちらの気遣いを感じ取って欲しいものだね!」


 怒られる理由が分からない。

 しかしすぐさま考える。


 本当は肉と酒が食べたかったが、ナディアの好みに合わせてくれたレナータ。そう思うと、先ほどのナディアの発言は、レナータの気遣いを台無しにしたと怒られても仕方がない……気もする。


 この国に来て、アルバートから様々なことを学び、実践し、彼の妻という役割をこなしてきたつもりだが、まだまだだったと思い、人は心遣いを否定されると怒るのだと、自らの心に深く刻んだ。


 はぁっと大きすぎるため息をつくと、レナータは自身のカップに口をつけた。その姿はさすが令嬢と言うべきか、先ほどまで、酒・肉と言っていた人物と同じとは思えない優雅さだ。


「レナータ様、とてもお綺麗ですね」


 考えが口を衝く。

 先ほどまで不機嫌そうにしていたレナータの口元が緩んだ。ガチャンと大きな音を立ててカップをソーサーに戻すと、両腕を組みながらナディアから視線を逸らす。


「ま、まあ? あたしとしては、こんな堅苦しい格好は嫌いなんだけどね。騎士団の制服の方が楽だし。だけど茶会だからちゃんとドレスを着ろって皆がうるさいから、仕方なくっていうか? ほんっと窮屈だわ。首にも耳にも頭にも、こんなジャラジャラしたものを身につけて、他の貴族の御令嬢たちって大変だねぇ? こんなのつけてちゃ戦えないし」

「窮屈、なのですか? それなら服のサイズを仕立て直して貰うべきでは?」

「そ、そういうことじゃないよっ‼ あたしが太っているって言いたいの⁉」

「いいえ。服が窮屈だって仰っていたので……それに、屋敷内はしっかりと警護されていますし、ご自身が戦うこともないのでは」

「あんた、さっきから人の揚げ足ばっかりとって……なんでこんな女とアルは結婚したんだか……」


 親指の爪を噛みながら、レナータは憎々しげに呟いた。

 先ほどナディアに褒められて嬉しそうにしていた口元を、不機嫌そうに歪めながら睨みつける。


「そんな感じじゃあんた、アルが迷惑を被ることになるよ? 妻の態度は夫への評価に繋がる。それすら分かっていないおバカじゃないわよね?」

「存じております」


 それは古今東西、国が変わろうと共通の認識だ。だからこそ他国から嫁いで来たナディアも、この国の暮らしに慣れようと日々奮闘しているわけで。

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