表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです  作者: ・めぐめぐ・


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/21

第18話

 アルバートはレナータを連れて、かがり火の光が届くが、他の人間に会話が聞こえない距離まで離れると、改めてレナータに向き直った。

 その青い瞳からは、何も感情が読み取れない。


「それではレナータ嬢。一体何があったか話して貰おうか」


 アルバートが何を考えているか分からないことに、逆に不安になりながら、レナータは躊躇いがちに口を開いた。


 ナディアを連れて狩りに出たこと。

 しかし途中、道から外れてしまい、グリュプスの縄張りに入ってしまったことを。


「……事故、だったんだよ。まさかグリュプスがグリン領にいるなんて、予想出来ると思うかい?」


 レナータはそう締めくくった。嘘は言っていない。ただ全てを語っていないだけ。

 しかし、アルバートは大きくため息をつき、


「……せめて正直に全てを語ってくれればと思ったが……残念だ」


 と言葉を発したことで、レナータの顔から血の気が引いた。全てを話していないことを簡単に見抜かれ、両手が小刻みに震え出す。

 アルバートはもう一つ大きくため息をつくと、部下たちが作業している方を指差した。


 レナータたちが落ちてきた、急な斜面を。


「確かあの斜面の上が、いつも通る道のはず。あの道から外れてここに来ることは厳しい」

「いや、そ、それは……」

「もし馬でここに来ることが出来たなら、何故ナディアの馬だけがグリン邸に戻っていた?」

「そ、それは、グリュプスに襲われて馬が逃げて……」

「グリュプスに襲われたのは夜だろう? ナディアの馬は、陽が落ちる前に戻ってきたと聞いたが?」 


 嘘を重ねれば重ねるほど、アルバートが事実を突きつけて崩してくる。気づけばレナータの額には、汗がびっしりと滲みだしていた。

 アルバートは腕を組むと、厳しい表情を浮かべた。


「私も全てを見抜いているわけじゃない。ただ一つ言えることは、君がナディアに何かをした結果、グリュプスの縄張りに入ってしまったのではないかということだ」

「た、確かに……あんたの奥さんと、少し口論になった! で、でも、あの女が逆上して、あ、あ、あたしを突き落とそうとしてきて……避けたら落ちて行ったんだっ‼ あたしはそれを助けようとして一緒に落ちて……そう……そうだ! あたしは悪くないっ! あたしは、あんたの奥さんを助けようとしたんだよっ‼」


 頭の中が混乱していたため、事実にそくした嘘しかつけなかった。しかし、


「そうか、それが真実か。分かった」


 アルバートが納得したように頷いたので、レナータは胸を撫で下ろした。しかし、彼の次の発言で、再び凍り付くことになる。


「つまり、君はナディアを突き落とそうとしたわけだな? だが君が落ちてしまい、助けようとしてナディアも一緒に落ちた」

「っ‼」


 あっさり真実を言い当てられ、レナータの心臓が痛いほど大きく跳ねた。胃がキリキリと締め付けられるようだ。

 そんなレナータを、アルバートが口元を歪めながら嘲笑う。


「ナディアは君の身を案じていた。突き落とそうとまでした相手に出来る態度じゃない」


 そう言い返され、レナータの身を案じ、手を差し伸べてきたナディアの微笑みを思い出す。もしレナータがナディアの立場であれば、自分を突き落とそうとした相手に、あんな気遣いは出来ない。


 怪我でもしていようものなら、自業自得だと嘲笑っただろうに。


 これまでもそうだ。

 レナータがナディアを馬鹿にしようが、嫌みを言おうが、彼女にはまるで響いていなかった。


 無性に苛立った。

 憎らしかった。


「……あの女が全部悪いんだ。私がアルに選ばれなかったことを認めろなんて言うからっ‼ だから、あたしは……あたしはっ‼」


 一度認めると、堰き止められていた真実が言葉となって溢れた。怒りと悔しさで頭の中を一杯にしながら、アルバートを睨みつける。


「あんたもこんな回りくどいことをしないで、一体何があったのかを自分の嫁に聞けばいいだろ⁉ あたしを責めて楽しいかい⁉」

「楽しいわけがない。ただナディアは真実を言わないだろうから、君に聞くしかなかっただけだ」

「……はっ?」


 レナータの怒りが止まった。


 意味が分からなかった。突き落とそうとされたことを、アルバートに告げ口しないなど、考えられなかったからだ。同時に、ナディアから事情を聞けば真実がバレるのだから、嘘をついても無駄だったことにも気づいたが。


 アルバートは呆れたようにため息をついた。だが厳しい表情を浮かべていた彼の表情が僅かに緩み、口元を隠す。


「恐らくナディアはただ事実だけ言うだろう。『傾斜に落ちそうになった君を助けようとし、一緒に落ちた』と。君とした口論など、もうすっかり抜け落ちているはずだ。ナディアにとって負の感情を持ち続けることは、人生で最も意味のないことだからな」

「なん、なんだよ、それ……」


 奥歯を強く噛みしめる。

 それほどまでに、あの女にとってレナータは、取るに足らない存在だったのか。さらにそれを好きな男から言われたことが、レナータのプライドを砕いた。


 ナディアへの怒り、憎しみ、グリュプスに立ち向かう度胸と強さへの恐怖が、言葉となって迸る。


「あっ、あの女は一体何者なんだ⁉ そ、それにあんたの結婚に、ワイドルク国王とヤーブラルド皇帝が絡んでいるらしいじゃないかっ‼」

「ナディアが話したのか。秘密にしておくように言ったのに、仕方の無い人だ」

「笑ってないで、答えろよ、アルっ‼ ムゥトには全部話しているんだろっ⁉」

「……君も予想はついているだろ?」


 突然アルバートの声色から温もりが失せ、鋭い視線がレナータに向けられた。口元を覆っていた手は下げられ、真っ直ぐに結ばれている。


 彼の発言に、レナータは唾を飲み込んだ。


 気づいていなかったわけじゃない。


 ただ、認めたくなかっただけ――


「……あの女は……ギルダス族、なのか?」

「ああ、そうだ」


 アルバートはあっさりと認め、さらに言葉を続けた。


「ギルダス族長の娘であり、次期族長となる立場だったのが――ナディアだ」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ