第11話
ナディアはレナータに誘われ、狩りに来ていた。
グリン領に狩りに良い森があり、レナータの狩りの腕前をナディアに是非見て欲しいとのことだった。
例のごとくアルバートが反対したが、ナディアには断る理由がなかったため、申し出を受け、今に至る。
今日は狩りということで、レナータの服装はジャケットにパンツスタイルという、狩猟に適したものだ。ナディアは狩りには参加しないため、裾の長いドレスを身に着け、横座りでレナータの後をついていく。
狩りと言う割には、猟犬や飼いならした猛禽類が見当たらないどころか、付き人もさえもいないのが不思議だったが、グリン家の狩りもナディアの故郷と同じく、少人数で行うのだろうと深く考えなかった。
森に入ってから結構な時間が経った。しかしレナータは、特に獲物を探すわけでもなく、ただただ進んでいくだけだ。
ナディアは吹き抜けていく風に生ぬるさを感じ、木々の隙間から空を見上げた。少し考えたのち、先を行くレナータに、少しためらいがちに声をかけた。
「レナータ様、一度戻りませんか? 強い雨がきそうです」
「は? 雨? 降るわけないでしょ、こんな良い天気なのに」
青空を見上げ、レナータが小馬鹿にしたように言う。ナディアの言葉は受け入れられず、レナータの進行は止まらなかった。
ナディアはもう一度空を見上げて軽く息を吐いたが、それ以上何も言わずについていく。
どれだけ進んだだろうか。
森の深部に来たのは間違いない。入り口付近とは違い、辺りが暗い。木々が厚く覆い茂って太陽の光を遮っているため、空気まで重く感じる。
ここまで来てレナータはようやく止まった。馬から降り、ナディアにも馬を降りるように目線で促す。
馬から降りたナディアが、どこに馬を繋ごうかと周囲を見回していると、レナータがナディアに手を差し伸べた。
「あんたの馬を繋ぐから、手綱を貸して」
「お願いいたします」
頭を軽く下げ、ナディアがレナータに手綱を渡した瞬間、パンっと叩く音がしたかと思うと、ナディアの馬が突然いななき、元来た道を全力で走り去っていったのだ。
小さくなっていく馬の後ろ姿を、何が起こったのか分からず見ているだけのナディアの耳に、レナータの笑い声が響いた。
「あははははっ‼ これであんた、帰れないね‼」
「レナータ様? これはどういうことでしょうか?」
ナディアが振り返りながら、淡々と問う。
レナータはナディアに近付くと、顔を覗き込み、小さく舌打ちをした。
「ほんっと、気に食わない女。自分の馬がいなくなったってのに、顔色一つ変えないなんてさ。ここから突き落としてやろうか……」
そう言って、レナータはナディアの右肩を小突いた。
すぐ傍には、もし落ちてしまえば這い上がるのが難しそうな急な斜面があるにも関わらず、ナディアの思考は別の所にあった。
レナータは自分のことを、気に食わない女だと言った。ということは、自分は何かレナータの気分を害することをしたのだろう。
もしかして先日の宴会の際、レナータの介抱の仕方が悪かったのだろうか。
とにかく彼女を不快にしたというのなら、理由を聞き出し、謝罪するのが筋というものだ。
何故ならレナータは、夫の上官なのだから。
しかしレナータの口から飛び出してきたのは、ナディアの予想とは全く違うものだった。
「あんた、アルと別れなさい。でなきゃ、この森にあんたを置き去りにするよ。この森は、あたしのように慣れている人間の案内がなきゃ、迷うと有名なんだ」
「えっ?」
言われた意味が分からず、ナディアの赤い瞳が大きく見開かれた。唇が、疑問を表す感嘆詞を発したまま止まってしまう。
自分の悪い部分を指摘されるかと思っていたのに、夫と別れろと突然言われた理由が、全く理解できなかったのだ。
色々と考えが巡る中、淡々と疑問を言葉にする。
「どういうことでしょうか? 私がレナータ様の気分を害することをしたのなら謝罪いたしますが、それが夫と別れることと、どう繋がるのでしょうか?」
「はぁ……あんた、ほんと分かってないのかい?」
レナータは大きくため息をつくと、双眸を見開き、ナディアに食ってかかった。
「アルとあたしは、小さい頃からずっと一緒だった! 一緒に寝たし、一緒の物を食べた。一緒に遊び、一緒に学んだ! あたしはあんたよりも、ずっとずっとアルの傍に居たんだ! アルが本当に結婚したかった相手は、あたしなんだよっ‼」
そう叫ぶと、レナータはまたナディアの肩を小突いた。レナータに押され、ナディアの体が僅かに後退し、急な斜面へ近づく。
息を荒くしながら、レナータは言葉を続ける。
「久しぶりに再会したとき、本当に驚いた。あのアルが、いっぱしの男になって帰ってきたんだから。そしてあたしの隊に入って来た時、確信したんだよ。アルは、あたしに認められたくて騎士になったんだって。それなのに、突然王命であんたと結婚させられたアルの気持ちが、あんたには分かるかい⁉」
「それは……アルバート様がレナータ様に仰ったのですか?」
ナディアの問いに、レナータは一瞬だけ怯んだ。しかしすぐさま語気を荒げ、反論する。
「い、言ってはないけど、あ、あたしには分かるんだよ! ずっと小さい頃から一緒にいたんだからっ‼」
「ならば今までのお話は全て、レナータ様の憶測ということですね」
「っ‼」
レナータの顔が一瞬にして真っ赤になった。握った拳を、肩を震わせ、噛みしめた奥歯をギリギリと鳴らすと、双眸を見開いた。
「あんた……あたしが嘘を言っているって言うのかい⁉ あたしとアルはね、言わなくてもお互いの気持ちが分かる関係なんだよっ‼ だからあたしの考えは間違っていない! アルは私が好きなんだ‼ アルと結婚するのは、あたしのはずだったんだっ‼」
獣の咆え声のようなレナータの声色を聞きながら、ナディアは以前侍女のマリーが言っていたことを思い出していた。
あのときはマリーの言っていることが理解できなかったが、必死になってアルバートの伴侶は自分だったと主張するレナータを見て、不思議と納得する自分がいた。
「レナータ様は……アルバート様をお好きなのですか?」
ナディアが静かに問う。
今まで口汚く罵っていたレナータの動きが、ピタリと止まった。そしてしばらくの沈黙後、
「……ああ、そうさ。小さいときから、ずっとあいつのことが好きだったんだよ」
と、か細い声で告白した。しかしすぐさま、大声に戻る。
「もちろん、あいつもあたしのことが好きだから、あたしたちは両想いなんだよ。だからあんたが入る隙間なんてないんだよっ‼」
「……でもお言葉ですがレナータ様。アルバート様はあなたとではなく、私と結婚なさいました」
「それは王命で仕方なくだろ⁉」
「あのっ……その王命のことですが……」
「なんだよっ‼」
血走った目を向けるレナータに、ナディアは全く臆すること無く、真実を告げた。
「実はアルバート様は、王命だからと私との結婚を決められたわけではないのです」




