第10話
「何だよ、あの女……」
レナータは、憎々しげに呟いた。
宴会の夜からもう十日程は経っていたが、未だに怒りは収まらない。
グリン家は皆、酒に強い。だからレナータも、屈強な男たちがいる酒の席でも酔い潰れずにいられた。自分は男たちと一緒に酒が飲める唯一の女だと自負していた。
しかしその自負は、ナディアによって粉々に打ち砕かれた。
どれだけ飲んでも、顔色一つ変えずに酒を飲み続けるナディア。
もしかすると自分が彼女に注いでいるのは、酒ではなく果実水ではないかと、何度か疑って味見したぐらいだ。
しかし、何度確かめても、舌に残る苦さは酒のそれ。
今まで飲んだことのない量の酒を飲んだことで気分が悪くなってきたレナータに何度も、
「ご無理をなさらないでください、レナータ様」
と、白々しく心配を口にされるたびに、気持ち悪さを堪えて飲み続けた。
その結果、レナータが先に酔い潰されてしまった。
自分が馬鹿にした部下と同じように、ナディアに介抱されたことを思い出すと、腸が煮えくり返りそうになる。
その後の展開はさらに酷かった。
ナディアに介抱され、少し落ち着きを取り戻したレナータに、戻ってきたアルバートが怒ったのだ。
「どういうことですか、グリン隊長」
怒鳴ってはこなかったが、冷ややかな視線で自分を見下ろすアルバートからは、幼馴染みに向ける情はなかった。
家名で呼ばれたことや敬語だったこともショックだったが、自分には冷たい視線を向けていた彼がナディアを見た瞬間、
「大丈夫か、ナディア!」
と、真っ先に彼女の身を心配したことが、何よりもレナータの心を深く突き刺した。そしてさっさとナディアを連れて帰っていったのだ。
まだぐったりとしているレナータを、他人に任せて。
(きっとあの女がいたからだ……でなきゃ、アルが私を見捨てて帰るなんてあり得ない。小さい頃からずっとあたしたちは一緒だったし、あたしがアルを助けてきたんだから……)
今、ズキズキと痛む箇所が、頭なのか心なのか分からない。
ただ一つ分かるのは、ナディアに対する激しい憎しみだけだ。
あの宴会から、ナディアの人気が上がっている。
酒豪レナータを打ち負かしただけでなく、男爵夫人自ら率先して、気分が悪い者を介抱したと、皆がナディアの行動を称賛しているのだ。
さらに酒に対するナディアの発言にも注目が集まり、宴会後、無理に酒を勧める人間がいなくなったと言う。
気に食わなかった。
(あの女に思い知らせないと……あたしを怒らせたら、どうなるかを……)
レナータは、立てた計画案を見ながらほくそ笑んだ。