表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

第1話

新作短編です。

よろしくお願いいたしますm(_ _"m)

 ワイドルク王国の王都。


 そこには貴族たちの社交場として、よく利用されるレストランがある。

 高級な調度品に囲まれた空間で、着飾った人々が料理と会話を楽しんでいる中、店の雰囲気をぶち壊すような大笑いが響き渡った。


「あははははっ! それであいつ、突然ぶっ倒れてさぁ!」


 声の主は、明るく長い茶髪を背中に流した女性だ。身につけているドレスや装飾品は貴族のそれではあるが、テーブルに片肘をつきながら大口を開けて笑うという、貴族が到底するとは思えない態度で会話をしている。


 彼女のあまりに酷い態度に、他の客たちが話を止め、冷たい視線を女性に向けたが、周囲からの目線には気づいていない女性は、先ほどと同じ調子で会話を続けようとした。


 だが彼女の前に座っている金髪の男性が唇に人差し指を当てて、静かにするようジェスチャーで示すと、ようやく自分に向けられている周囲の視線に気付いたのか、女性は威嚇するように周囲を睨みつけた。


 客たちが慌てて視線を外すのを見てフンッと鼻を鳴らすと、呆れたようにグレーの瞳を細め、


「はぁ……アルバート……なんか最近、食事のときにヤイヤイうるさくないかい? 周囲の目なんて気にしてたら飯が不味くなるだろ? なんか結婚してからあんた、変わったねぇ。隣でずっと話さず、黙々と食べてる嫁の影響かい?」


 金髪の男性――アルバート・ウォルレインの横に座り、ひたすら食事を続けている女性を軽く睨みつけた。


 黒く艶やかな髪を一つに纏めた、小柄な女性だ。美しさを重要視する貴族社会では地味な容姿ではあるが、赤く大きな瞳が見る者の目を惹きつける。


 アルバート・ウォルレインの妻であるナディア・ウォルレインだ。


 話題を振られたナディアは、口の中に入っていた白身魚のソースがけをゆっくり味わい、何度か咀嚼を繰り返すと、飲み込んだ。そしてフォークとナイフを皿に置き、ナフキンで口元を拭うと、茶髪の女性に向き直り深々と頭を下げた。


「大変失礼いたしました、レナータ・グリン様。食事が終わるまで会話をしないことが、祖国の習わしでしたので……まだここワイドルク王国の生活に慣れない私を、どうかご容赦ください」


 素直にナディアが謝罪をしたからか、レナータの瞳がわずかに見開かれ、すぐさま優越感で満ちた笑いへと変わった。

 両腕を頭の後ろで組み、体を反らすと、視線を空に向ける。


「いや、あたしは別にそんな小さなこと気にしないから、いいけどさ。ほら、他の貴族連中との飯ってなった時、相手の会話にも参加せず、ずっと黙々と食ってるなんて、アルバートの嫁はおかしな奴って思われてしまうかもだろ? いや、あたしはあんたが隣国から来たって知ってるから気にしないけどさぁー。アルバートはあたしの幼馴染みで、昔っから世話を焼いてきたからさ、そんな風に思われるのは見逃せないっていうかー。ほらっ、アル。昔のあんたはひ弱で、あたしがよく守ってやったよな?」


 突然昔話を振られたアルバートは、下唇をグッと噛むと、レナータから視線を外して呟くように言った。


「……昔の話だ」

「あははっ! 何いじけちゃってんの? 一緒に木に登って降りられなくなったときに助けてやったり、狩りに行って一人迷子になったのを迎えに行ってあげたのは、どこの誰だったかなぁ?」

「……もういいだろレナータ。今日は君がナディアに会いたい言ってここに来たんだろ? なのに昔話なんてしたら、ナディアがつまらないだろ」


 アルバートがナディアを一瞥した。しかしナディアは、夫に向かって微笑み返す。


「いいえ、とても興味深いお話です。アルバート様は、あまり昔のことをお話してくださらないので」

「ええええ⁉ アル、奥さんに自分の子どもの時の話をしてないのかい?」


 ナディアの発言に、レナータは大袈裟に目を見開いた。そしてナディアの方に身を乗り出しながら、ニヤニヤと口角をあげながら言葉を続ける。


「アルってばさ……ほんっと昔はひょろっひょろで泣き虫でさ。見た目も女の子みたいで、皆から揶揄われていたんだよ」

「まあ、そうなんですか」

「ああ。それが今やこんなに大男になって、私の隊に入ってくるとはね。そして副隊長にまで上り詰めるまで成長するとは……いやはや、昔は戦いなんて嫌だって言っていたお坊ちゃんだったのに、一体どういう心境の変化なんだか……」

「もういいだろ、レナータ!」


 今まで黙って聞いていたアルバートが、語気を荒らげた。だがレナータは彼の怒りを真に受けず、軽い調子で手を振りながらカラカラ笑う。


「なんだよ、レナータだなんて他人行儀だね、アルは。あたしがあんたの上官なんてこと気にせず、昔みたいにあたしのことをレナって呼んでくれりゃいいのに」


 だが、アルバートはレナータの発言に何も言わなかった。いや、眉間に深い皺を寄せ、口を開こうとしたところを、隣にいたナディアの言葉によって遮られたのだ。


「色々とお気遣い頂きありがとうございます、レナータ・グリン様。今後とも夫婦共々、よろしくお願いいたします。今度の食事のときは、色々とお話し出きましたら幸いです」 

「ん」


 深々と頭をさげたナディアに、レナータは否定とも肯定ともとれるような端的な言葉を返し、ワイングラスを傾けた。

 そして面白くなさそうに、中で揺れる赤い液体を揺らす。


「もし会うとしたら、こんな堅苦しい店はごめんだけどね。正直あたしってさ、貴族のお嬢様たちといるよりも、アルや部下の男たちと一緒にいる方が気楽っていうか、性格的に合ってるっていうか……だってほら、女は面倒くさいだろ? 僻みとか嫉妬とか、本心を隠して笑わないといけなかったりとかさぁ。それに比べて男は、その辺さっぱりとしてるから気楽なんだよね」


 一気にまくし立てると、レナータはワイングラスの中身を飲み干した。ワイングラスを置くにしては大きすぎる音と、あくび混じりの大声が店内に響く。


「はぁー、こんなちょびっとのお酒じゃ、酔うことも出来ないし。あたしは安酒でも、こう……キュウーっと効く酒を樽一杯飲みたいんだよ」


 次の瞬間、レナータの喉の奥から、ゲフッという下品な音が鳴り、再び周囲の客たちの視線がこちらに向く。

 アルバートはそんな視線に耐えられなくなったのか下を向いて黙り、ナディアはただ静かに微笑んでいた。


 レナータは、


「この後、部下たちの訓練に付き合うから」


と言って店を出て行った。


 ドレスを身につけているというのに、大股で音を立てながら立ち去っていく後ろ姿を見送ったアルバートは、深いため息をつきながら椅子に座った。ため息と同時に全身を脱力し、全体重を椅子に預けている。


 ナディアは、途中で止まっていた食事を再開しようとナイフとフォークを手に取った。しかし、どれだけレナータが下品な態度をとっても不快な表情一つ見せなかったナディアの表情が、レナータの皿の上を見て初めて変わった。大きく目を見開き、信じられないと言った驚きを見せている。


 出されたときは綺麗に盛り付けられていた白身魚の身が崩され、バラバラに散らばっていたのだ。それも食べるためではなく、手持ち無沙汰でなんとなく崩したのか、魚の身自体は減っていない。


 それを見て、今までずっと上に向いていたナディアの口角が真一文字に結ばれ――


「ナディア、大丈夫か?」


 少し疲れたような夫の問いかけに、ナディアはハッと息を飲んだ。そしてすぐさま表情を緩めると、アルバートに微笑みかけた。


「大丈夫ですよ、アルバート様。この国に嫁いで来た以上、祖国の習わしを貫くつもりはございません」


 口角を上げながらそう答えると、ナディアは自身の皿の上に残った白身魚にフォークを入れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ