幻のハチミツを精製しよう!
ようやくヒメゴトミツバチが攻撃を諦めた頃、時刻は日の入りを迎えようとしていた。
心身ともにヘトヘトの状態だが、このままハチミツを口にするのは危険だと思う。
何故なら、『異世界の歩き方』で得ただけの情報を鵜呑みにして、中和されているかもしれない蜜を口にするのは流石にリスクが高すぎる。
本来のハチミツは蜜蜂が巣の中で丹念に作り上げ、微妙な温度や湿度を管理した上で完成させる物。
こうして巣から強引に奪った蜜は濃度が足りず、中和しきれていない可能性があるのだ。
少なくとも不純物を取り除いて濃度を上げ、無毒化を確認してから初音に与えるべきだろう。
「毒味……か」
想像すると思わず身震いしてしまう。
しかし、ギンレイで試すくらいなら自分で口にする事を心に決め、重い足取りで初音の待つテントへと向かう。
散々に走り回ったり大声を上げてしまったけど、初音を起こしたりしていないだろうか?
物音を立てないよう慎重にテントへ近寄り、そっと入口を開いて中を見ると……。
「初ね……ッ!? ゴメン!!」
――やっちまった。
初音は既に起きており、しかもパジャマを脱いで汗を拭っている真っ最中!
最悪のタイミングで入ってしまった事に後悔していると、背後から声を掛けられた。
「気にせずともよい。
それよりも……感謝するぞ。
ワシの為に色々と苦労をかけたな」
「あぁ…いや、その…どうって事ねぇよ。
お前の方こそ、ちゃんと薬を飲んで寝てろ。
すぐに旨い物を食わせてやるからさ!」
かすれた笑い声と共に聞こえてきたのは、苦しそうな咳きと荒い呼吸。
……ハチミツの精製を急ごう。
俺はテントから少し離れた場所で調理を開始する前に、巨大なヒメゴトミツバチの巣を二つに分けた。
内訳はハチミツが入っているエリアと、それ以外の卵や幼虫のエリアだ。
「助かるかは分からないけど、卵と幼虫はヒメゴトミツバチに返そう」
『異世界の歩き方』には可食とは記されておらず、確信が持てなかったという事もあるが、蜂達にせめてもの贖罪をしておきたかったのだ。
寸胴鍋にハチミツが貯えられたエリアを入れ、残った部分を巣のあった場所へ持っていく。
付近を飛び回っていた蜂はしばらくした後、子供達を連れてどこかへと去っていった。
俺が蜂達にしてやれるのはここまでだろう。
「よし、本格的に精製を始めよう!」
巣とハチミツを取り扱う最中は実験用手袋は欠かさず着用し、念の為に寸胴鍋も後で処分しておく事にする。
なにしろ熊でさえ即死させる毒ともなれば、細心の注意を払って作業にあたるのは当然だ。
火加減を調節しながら巣を崩し、ハチミツと一緒に煮込んでいく。
無毒化の基準は不明なままだけど、少なくとも全体の粘り気や色合いが均一になるまで、余分な水分を飛ばしておく必要がある。
背中に流れる嫌な汗と、脳裏に浮かんでは消えていく不吉な予感。
本当に大丈夫なのかという不安と、一縷の望みに賭けた希望が絶えず交錯する。
そんな中、次第に立ち込める芳香。
それは俺のよく知るハチミツや砂糖など比較にもならず、辺り一面に甘い香水を振り撒いたかのような強く、脳の中枢にまで届き得る程の印象深い香り!
精巧な飴細工とも思える粘りと、黄金色に輝く美しい色艶!
「まるで溶けた純金みたいだ!
これは…本当に完成したのか…?」
ギンレイが隣で固唾を飲んで見守る中、竹スプーンで恐る恐る掬い取ると……。
「う……あぁ……うぶっ……!」
想像を遥かに絶する!
僅かに口に含んだだけでも分かる激重なカロリー!
その一方、驚くべき効能を身をもって体験する。
「す、すげぇ! 痛みが…蜂に刺された痛みすら忘れてしまう程の回復力! ウソみたいだ…」
奇跡とか、空想などと表現するしかない。
しかし、これらは全てが現実であり、間違いなく無毒化に成功したんだ!
「あしな特製ヒメゴトミツバチのハチミツ…完成だぜ! 待ってろよ、初音!」