極上のハチミツ攻防戦!
まずは作戦を立てなければならない。
こちらの戦力は俺とギンレイのみだが、必殺のチート兵器であるAwazonが味方している。
上手くやれば虫などに遅れは取らないだろう。
「いいかギンレイ。
お前がヒメゴトミツバチの気を引いている間に、俺が巣に行ってハチミツを頂く算段だ。
この方法なら安全…な、なんだよ…その目は!」
狼のつぶらな瞳が無言の訴えを投げ掛け、作戦の落ち度を指摘する。
そう、本作戦において最も危険な任務は囮であるギンレイの方なのだ。
しかし、役割を逆にしてしまえばハチミツは手に入らず、そもそもの目的が破綻してしまう。
選択の余地はないにも関わらず、我が愛犬は『蜂に刺される俺の身にもなれ』と言わんばかりの悲しい声を上げて窮状を訴えた。
「……確かにお前の言う事は正論だ。
よし、だったらこうしよう」
Awazonで新たに購入したのはワンタッチ式の折りたたみ蚊帳。
軽量小型で持ち運びが可能な上に、ギンレイでも容易に出入りができる構造になっている。
念の為、出入りには虫除け線香も設置しておけば備えは万全だ。
「これを巣から離れた所に置いておく。
お前は蜂を刺激したら可能な限り引きつけた後、蚊帳の中に逃げ込むんだぞ。分かったか?」
ようやく納得してくれたギンレイは元気に吠え、激しく尻尾を振ってやる気満々といった感じをみせた。
俺の方もトートバッグに必要な物を入れ、Awazonで購入した養蜂用の防護服と実験用手袋で守りを固める。
ヒメゴトミツバチが持つ針の毒性は低いそうだが、刺されると相当に痛いらしい。
なるべくなら無傷のまま目的を達成したいが…。
俺は大きく深呼吸を繰り返し、高らかに作戦遂行を宣言した。
「状況開始!」
手始めに巣から離れた場所、それも少し高い所に蚊帳と虫除けを設置する。
これなら逃げ回る際も見失う事はないだろう。
ギンレイは巣のある岩へ向かって一直線に突っ込み、前足の爪を使って亀裂を引っ掻き始めた。
突然の敵襲に驚いたヒメゴトミツバチは即座に兵隊蜂を繰り出し、あっという間にギンレイを取り囲む。
しばらく巣の周りを中心に素早く逃げ回る素振りを見せ、時折激しく吠えたてるギンレイは十分に蜂を引き付けた後、避難場所である蚊帳に対して弧を描く形で走りだした。
実に完璧で鮮やかな囮!
大量の蜂が巣から飛び立つのを確認した後、俺も巣に向かって一直線に駆け出す。
「よくやったぞギンレイ! ヒメゴトミツバチには悪いけど、これも初音のためだ!」
なおも巣から数十匹の蜂が出てくるが、ここまで来たら関係ない!
トートバッグから取り出したのは、事前に購入しておいた大量のクサビとハンマー。
どちらも石材加工で使用される物で、岩を割るには必須の道具だ。
鋼鉄のクサビをヒメゴトミツバチの巣に突き立て、渾身の力で叩きつけると縦方向に亀裂が走った。
ハチミツを得るには岩を破壊するしかなく、それは同時に蜂の這いでてくる入口を広げる事と同義である。
既に防護服にはビッシリと復讐に燃える蜂が貼りつき、一斉に針で攻撃してきた。
「痛ッッッてぇ! クソ!
俺の世界の蜜蜂よりも針が強いのか!
防護服が…! 急いで岩を壊さないと…!」
断っておくが防護服の性能は申し分なく、通常のミツバチなら全く問題にはならなかっだろう。
だが、相手が異世界の昆虫となれば話は別。
ヒメゴトミツバチは的確に脇の下や首の周囲など、針の通る場所を探しだして容赦なく刺しており、更に鋭い顎で防護服そのものを引き裂こうとしていた。
本には弱毒と書いてあったのに…メッチャ痛ぇじゃねぇか!
刺された所はまるで熱湯を流されたように熱く、それが複数ともなれば命の危機を感じてしまう程!
「オラァァァアアアア! ぶっ壊れろやぁあ!」
なりふり構っている場合ではない!
猛烈な勢いでクサビを叩き込み、やっとの思いで岩を割るとハンマーを放り投げて巨大な巣を引きずり出す。
それをトートバッグに丸ごと入れると、脱兎の如く逃げを打つ。
もはやハチミツの事よりも、一刻も早く耐え難い痛みから逃れたいという欲求の方が強かった。
「ぎ、ギンレィィイイ!」
蚊帳に向かって捨て身のヘッドスライディングを決め、未だ防護服にまとまりつく蜂を叩き潰すと、半端じゃない疲労感と痛みで天を仰ぐ。
「ダメだ……疲れ過ぎて動けん……だけど…」
トートバッグには作戦成功を示す黄金のハチミツがたっぷりと詰め込まれていた。
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