熊をも殺す猛毒の蜜
「休んでる暇はない。
どこかで栄養価の高い食材を見つけないと…」
辺りを見渡しても動物どころか魚の影すら見当たらず、鳥の囀りすら聞こえてこない不気味な静けさが漂う。
ここまでの道中、数え切れない程の動植物を目にしてきたのに、どうしてこの一帯だけ?
その時、視界に広がるヒメユリトウロウが目につき、求めていた答えに自然とたどり着く。
「そうか、猛毒の花が一面に群生してるから、他の動植物は入り込む余地がないんだ」
自然は人間が思うような優しい世界ではない。
時にはヒトよりも利己的であり、残酷であり、己の子孫を残す為には手段を選ばないのだ。
こうして比類なき猛毒を備えた仲間達が一つにまとまる事で、最も繁殖に適した場所を独占している事からも明白な事実。
その為、この近辺で食料を得るのは難しいと考えるべきだろう。
「どうする……一体どうすれば……」
幸い、ドラム缶の中には保存食のリエットが入っており、食べる分には困らないのだが、如何せん病人に与えるには消化が悪いと言わざるを得ない。
風に揺れるヒメユリトウロウを遠目に眺めて考える内、ある考えが頭を過る。
――過って……しまった。
「花の蜜……確か、栄養価が高いと書いてあったぞ。だけど……けど……」
ヒメユリトウロウの蜜は熊をも即死させる猛毒。
しかも、『異世界の歩き方』には無毒化の方法は記されておらず、どうすればいいのか見当もつかない。
身を焦がす思いで本を見つめていると、ギンレイが花の方を向いて吠え始めた。
「待て待て、アレが危ないのは分かってるよ。
それより、初音が休んでるから静かに……」
――何かが動いた。
あれは風とか、気のせいなんかじゃない!
小さな花の周りを飛ぶ小さな物体。
俺の目はまさに釘付けとなり、脇目も振らずに駆け出していた。
「コイツは――蜜蜂!
花粉を集める昆虫…どうして猛毒の花粉に触れても無事でいられるんだ!?」
ギンレイがくれた貴重なヒント。
蜂の名前はヒメゴトミツバチと言い、『異世界の歩き方』には……体内の特殊な酵素で花の毒を中和できると書いてある!
だとすれば、蜂の向かう先には…。
「あった! 岩の亀裂に営巣してるぞ!」
小指が入るかどうかの狭い隙間から、ヒメゴトミツバチが顔を出して威嚇している。
そして、巣から漂う濃厚な甘い香りは、間違いなくハチミツに他ならない!
だが、俺が確信すると同時に飛び出してきた無数の兵隊蜂によって、一時撤退を余儀なくされてしまう。
「危ッねぇ! けど、ハチミツは手に入れる。
絶対の絶対にだ!」
病床に伏せる初音の為、極上のハチミツを巡る攻防戦が幕を開けた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄