バッカじゃね!
「…ギンレイ、ここで待っててくれ!
すぐに荷物を取ってくるから!」
今は迷ったり後悔している時じゃない!
思い直した俺は初音をギンレイに預けると大急ぎで岩場まで戻り、テントを始めとした荷物をまとめて移動させた。
自分でも驚いた事に、普段なら絶対無理なはずのドラム缶まで背負い、足場の悪い岩場を越えて全ての荷物を移したのだ。
自分でも不思議だったのは、移動中はずっと記憶がボヤけ、どうやって巨大なドラム缶を持ち上げたのか覚えてすらいない。
多分、考える余裕なんてなかったんだろう。
砂地にテントを立てた後、エアーマットを敷いたコットに初音を寝かせ、額に手を当ててみると…。
「お前…こんな熱、どうして黙ってたんだ!?」
「はは…イワガニモドキの波乗りで…のう。
少し…体を冷やしたのがマズかった…」
初音は考え無しの直情径行ではあるものの、人の気持ちが分からない奴じゃない。
恐らく、俺に気を使って言い出せなかったんだろう。
だったら俺がーー気づいてやるべきだった。
弱々しい声で自嘲気味に笑う初音を責める気は毛頭なく、それより一刻も早く処置をしてあげる方が大事だ。
『異世界の歩き方』で鬼属について調べると、瞬発力は人間よりも遥かに優れる反面、意外な事に持久力や病気への耐性は人間よりも低いらしい。
症状からの推察でしかないが罹ったのは鬼属特有の病、『邪風』と思われる。
風邪に似た症状と高熱を伴い、場合によっては更に恐ろしい風土病を併発する可能性のある病との事。
この情報をもっと早く知っていれば、水遊びで濡れた時に予防する事だって出来たはずなのに…。
「断言はできないけど、症状としては邪風だと思う。
慣れないアウトドア生活で疲れも出たんだろうけど…今は休もう。休めばまた、元気に旅が続けられるから…」
正直なところ、これ以上は初音を連れていけないかもしれない。
そんな気持ちを察したのかは分からないけれど、次に彼女が発した言葉は予想もし得ない物だった。
「……ワシを…置いていけ…。
お主は女媧様に追われておる…。
こんな様では巫女舞も…祝詞も…詠めぬ。
ワシを置いて…お主だけでも先へ…」
「ば、バッカじゃね!? お前を置いて一人で行くぐらいなら、ここで女媧を迎え撃ってやらあ!」
威勢よく切った啖呵ーーなのに、どうして俺は泣いてるんだ…?
「……バッカじゃね…か。
ふふっ、そのような大層な罵倒…生まれて初めて……ぞ」
「初音…? 初音ぇ!!」
力なく微笑んだ初音はそのまま気を失ってしまった。
ギンレイが必死に顔をなめて気遣うが、何の反応も返さない。
俺は大きく息をついて今一度冷静さを取り戻すと、初音が完全に快方するまで、この場所に留まる事を決めた。