長旅の疲れ
ギンレイは水が苦手なのか、それともヒメユリトウロウの危険性を本能で知っているのかは不明だが滝へは近寄ろうとせず、大人しく岩場で待機するつもりらしい。
あの様子なら俺達が戻るまで動こうとはしないだろう。
浅瀬を通って滝へと近づいていくと、想像を超える程の光景が広がっていた。
30m近い高さから落下してくる莫大な水量。
圧巻と評するべき堂々たる姿は猛々しさを感じる一方、滝壺の周辺に綺羅びやかな虹を生み出し、様々な動植物に対して多大なる恩恵をもたらす慈悲深い一面も持ち合わせる。
細い茎に連なって咲くヒメユリトウロウは淑やかに小首をもたげ、山深い奥地まで出向いてきた俺達の苦労を労うように、慎ましやかな挨拶を交わす。
「なんと見目麗しい光景か!
これこそ魑魅魍魎の棲まう地に給る楽園!
まさに聖域と呼ぶに相応しい場所ぞ!」
また大袈裟な事を――とは思えない。
ほんの数時間前に死にそうになった身としては、危険な野生動物に襲われる心配がないというのは望外の幸運であり、猛毒の鉄条網を備えたヒメユリトウロウに囲まれた場所を聖域と讃えたのは、決して間違いとは言えなかった。
「それにしても本当に綺麗なところだな。
けど、ギンレイがうっかり花を食べないように注意しないと……あれ? どうしたんだよ?」
「いや…ワシにも皆目わからぬのじゃ……。
しかしの、今朝から妙に気だるいというか……」
確かに、いつもより少し顔が赤いような?
しかし、俺が指摘するよりも早く、初音は大きくバランスを崩した次の瞬間には力なく地面に倒れ、そのまま気を失ってしまった!
「おい!? どうしたんだ初音! 初音!!」
呼び掛けても一向に起き上がろうとしない体を抱き起こすと、信じられないくらいの熱を帯びている事に気づく。
急いで近くの砂地へ向かうと、今まで静かに待っていたギンレイがただならぬ空気を察して駆けつけてくれた。
並々ならぬ忠誠心に涙が出そうになるのを堪え、緊急で購入したコットに初音を寝かせる。
「……済まぬ。少し…休ませて……もらうぞ…」
「あぁ、ちょっと疲れが出たみたいだな。
今日は…いや、数日間はゆっくり休もう」
熱っぽい吐息の合間を縫って告げられた謝罪の言葉。
――謝らなきゃならないのは俺の方だ…。
初音の…パートナーの体調に気づかなかった不備を後悔すると同時に、重苦しい罪悪感が俺の意識を苛む。