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森の聖域

 悪夢同然だったデイドモグラの縄張りから離れる事、およそ3時間。

 周囲の景観が変わった辺りで、俺達は本日の移動を終えた。

 日没まで時間的余裕はあったのだが、それでも宿泊を決めた理由は明白だ。

 危うく化物の餌になりかけたという甚大なストレスによって、肉体的にも精神的にも極度に疲弊ひへいしており、なるべく早く休息を取りたかったのだ。

 その上で、未知の野生動物に襲われる心配のない絶好の野営地を見つけたのは、幸運に恵まれたと言う他ない。


「これを見よ。其処彼処そこかしこに猛毒のヒメユリトウロウが咲き誇っておる。

 ここならばもりの獣も安易に近寄ってはくるまい」


 野営地となったのは深い森を抜け、目の前に一際大きな滝をのぞむ死々ヶシシがぶちと呼ばれている岩場。

 巨石が散在する周囲は滝から流れ込む清流に囲まれ、鮮やかな薄紫色の小さな花々がほのかな明かりを灯す。

 現実とは思えない程の美しい場所でキャンプできるだなんて、まさにキャンパー冥利みょうりに尽きると言っても過言じゃない!

 俺は全身で最高の立地ロケーションを堪能すると、滝壺を中心にして咲き乱れる花に興味を持った。


「綺麗な花を沢山咲かせてるけど、そこまで強い毒を持ってるようには見えないな」


 初音を疑っているワケではないが、気になって『異世界の歩き方』で調べてみると、更に驚くべき情報を目にする。

 根っ子や花弁はなびらは全くの無毒である一方、花粉から抽出した蜜は熊でさえ即死させる程の猛毒!

 こんなにも小さくて可憐な花なのに…。

 しかも、無毒化に成功した蜜は、非常に高い栄養価と幻とまで言われる至高の甘味によって、極上の嗜好品として高値で取引されているらしい。


 ヒメユリトウロウの項目には蜜を無毒化する方法は記載されておらず、想像する事しかできないけれど、この情報に関しては黙っておこうと思う。

 何故なぜなら、もし初音が聞いたら絶対に蜜を味見したいと言い出すに決まっている。

 毒キノコで有名なベニテングタケも、一部の地域で毒抜きを行って食べているそうなのだが、俺はそこまでする気にはなれない。

 無毒化の基準が分からない以上、命懸けで未知の食材を味わってみたいとは流石に思わないだろ?


「橋を落としたのであれば女媧ジョカ様も谷を渡るのに御苦労なさるじゃろう。あの御方はワシらと同じく地をう者。心苦しいが、逆を言ってしまえば…」


「そうか、時間が稼げるってワケだ!」


 ずっと追われる立場だった俺の心境に、僅かでも余裕が出来たのは本当に嬉しかった。

 逆に言えば、この時間的余裕は有効に活用しなくてはならない。

 ここで女媧ジョカの追跡を振り切る為にも、今はしっかりと休息を取っておくのが肝心だ。


「ここにはイワガニモドキ殿はらんようじゃのう…残念至極ぞ」


 昨夜のカニ料理がよほど気に入ったのか、初音は滝壺から程近い水辺を見渡して溜め息をつく。

 あれだけの高級食材が食べ放題だという状況は、今後もそうそう訪れる機会はないと思う一方で、やはり忘れられない体験だったのは確か。

 しかし、過ぎ去ってしまった果報は寝て待っていても戻る事はない。

 英気を養うには更なる果報を求め、積極的に行動あるのみ。


「まだまだ、俺達の知らない食材は溢れてるはずだ。向こうにある滝の方へ行ってみようぜ」


「そんなにも旨い物が都合よくゴロゴロしとるとは思えんのう。まぁ、折角ここまで来たんじゃから滝でも見物しとくかの」


 心なしか初音の足取りが僅かに重い気がするのは、連日のキャンプによる物か、デイドモグラとの一件が関係していたのかは分からない。


「本当に大丈夫か?

 疲れたんなら休んでてもいいぞ?」


 気遣きづかいの声を掛けたが、初音は構わず先頭を切って先に進んでいく。

 後ろ姿を見る限り、足を痛めたという感じではなさそうだったので安堵していたのだが…。

 足元に広がる岩場を越えた先に、二つの巨大な断崖に挟まれた滝が、見るも優美な姿で俺達の到来を迎えていた。

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