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異世界の波乗りチャンプ

「どうだ、まだ痛むか?」


「痛いのじゃ~。ヤな臭いもするし、腹へった~!

 今日はもう歩けんのじゃ~!」


 Awazonで打ち身や捻挫ねんざに効く軟膏薬なんこうやくを買ったものの、すっかり機嫌を損ねてだだ々っ子を発症してしまった。

 こうなっては仕方がない。

 少し早いが、この辺りで野営をするしかないだろう。

 とはいえ今回選んだのは水場が近い反面、直近で大きな土砂崩れがあったらしく、拳大の石が周囲に山積した危険な場所。

 本来なら川の中洲なかすと並んで絶対に避けるべきポイントなのだが、ドラム缶を背負う初音が動いてくれないので苦渋の決断だ。


「それじゃあ、食料を調達してくるからギンレイと一緒に待っててくれ」


「急いでたもー」


 初音は買ったばかりのエアーマットでゴロ寝を決め込み、夕食まで怠惰な時間を過ごすつもりなのだろう。

 退屈していたギンレイは近くの石を獲物に見立て、きたるべき狩りに備えて訓練に勤しむ。

 少しは我が愛犬を見習って欲しいものだ。


「今日はここを流してみるか」


 いつも通り簡易の竿を作り、野営地から少し離れた川に降りて釣りを始めた。

 しかし、待てど暮らせどピクリとも反応がなく、餌を変えたりポイントを探っても不思議な程に釣れない。


「マジかよ~。雨の影響か、それとも土地柄なのか知らんけど全ッ然釣れねぇ!」


 俺は釣り好きを自称してはいるが、ぶっちゃけ腕前の方は人並みだと思っている。

 実際には自分が気づいていないだけで、単純な判断ミスや失敗をしてしまっているのかもしれない。

 再度、釣竿と仕掛けを見直すが特に問題点は見つからず、今日の釣りは諦めて他の食材を探す事に。


「以前もホームで似たような事があったしな。

 さて、今回もカワラムシャガニの世話になるか」


 異世界に来てから好んで食べるようになった神食材ザリガニ。

 一度口にしてからというものの、これまで避けてきたのが不思議な程に旨かった食材ランキング暫定一位に輝く王様だ。

 だが、今回はとことん運に見放されたらしく、どこを探しても見つからない。

 岩場や流れ込みをどれだけ丹念に探しても、一匹たりとも居ないのだ。


 このまま坊主ボウズな上に主菜も見つけられないともなれば、初音は絶対に文句をつけるだろう。

 生い茂る木の根元を見ると、運良く数種のキノコを発見できた。

 しかし、これだけでは食べ盛りの鬼娘と狼の腹は到底満たせない。


「このままだと今夜は保存食に手をつけなきゃならんなぁ」


 いや、暇をもて余した初音が既に食べ尽くしているかもしれん。

 アイツは食に対して容赦がないからな。

 取っておいた甘露煮と梅干しを全部食われた事を思い出し、急いで戻ると場違いな程に楽しそうな声が届く。


「そりゃそりゃ~!

 今日の波は天下一品じゃぞ~!」


 ……意味分かんねぇ。

 理解不能な状況を理解するには、ありのまま見たままを表現してみよう。

 午後のうらやかな光指す水辺。

 打ち寄せる波音はささやき声を思わせ、静謐せいひつな空気をたたえる水面みなもは息を飲む程に美しい。

 そして、待ちに待った念願のプール開きを前にした子供みたいに、満面の笑みで川辺を高速で滑る初音。


「風もないのに…どうやって移動してんだ?」


 たとえるなら波打ち際で遊ぶスキムボードの感覚に近いけど、殆ど波の立っていない水面で時速20kmくらい出ている。

 Awazonを使って無断で何か買ったのかと思ったが、スマホは俺のポケットに収まっており、履歴にそれらしい物も見当たらない。

 首を傾げていると、ギンレイが何かをくわえて持ってきてくれた。


「川原の石? これがどうし…うわぁ!」


 予想もしていなかった光景に驚いて飛び退き、改めて見た物体を前にして大いに興味を注ぐ。

 ()()はギンレイが腹の辺りに噛みつくと、途端に10本もの足を出して抵抗し始めた。

 そう、あまりにも巧妙だったので気づかなかったが、俺が今まで石だと思っていたのはカニ

 崩れた山肌から川底に敷き詰められた物まで、全てが石そっくりのカニの群れだった。

 その証拠に、ギンレイが吠えながら浅瀬を駆けるとカニ達は一斉に逃げ出し、まるで石畳が丸ごと動きだしたような景色が広がる。

『異世界の歩き方』によればイシガニモドキという名前で、環境に応じて体の表面を擬態させるらしく、じっとしていれば本物の石と見分けがつかない。

 カニの代名詞であるハサミは小さく退化してしまった代わりに、4枚の立派な遊泳脚によって非常に力強く泳ぐ事でも有名で、子供を乗せて遠泳が可能な程。


「あしなー! しばらく滞在して波乗りの稽古けいこしようぞ。ワシ、こいつらとなら日ノ本を越えて世界を取れる気がするのじゃ!」


「そいつは随分と景気の良い話だな。

 だけどさぁ、女媧ジョカのこと忘れてない?」


 すっかり機嫌を良くした初音は右手の怪我すら忘れ、異世界流の波乗りを心から楽しんでいるようだ。

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