ヘイト管理は異世界にて必須
神奈備の杜は依然として人を寄せつけない雰囲気を醸し、縦横に入り乱れて生い茂る樹木は断固とした態度で何人も立ち入らせまいと立ち塞がる。
その一方で、雨上がりの皐月は豊かな新緑に彩られ、視界に広がる万葉は芽吹いたばかりの新しい命に溢れていた。
相変わらず足元の道幅は驚く程に狭く、僅かに足を踏み外しただけで崖下へ転落してしまう危険な道が続く中、立ち止まって周囲を見渡すと息を飲む絶景が俺達を迎え入れる。
「こんなにも沢山の滝を見たのは初めてだよ。
しかも、どれもが全く違う形なんだぜ?」
「ほんに豊かな水じゃ。
水龍様が棲むという話も、あながち間違うてはおらんかもしれんのう」
意外だったのは初音の信仰に対する考え方だ。
巫女という職業柄、日常のあらゆる事柄を神仏と関連付けているのかと思いきや、自然現象や因果関係については自分なりの考察に基づいて判断していた。
それどころか、宗教家にありがちな盲信や教義を毛嫌いしており、形式に囚われず日々の心構えを重視するという考えは素晴らしいと思う。
――そんな御高説を説いておきながら、当の本人は目を離すと当たり前のように暴飲暴食してるんだが?
「ふ……これも成長期ゆえにな。見よ!
一晩でこんなにも身の丈が伸びておろう?」
パッツパツの胸元を大きく反らし、自身の成長をアピールしているつもりらしいが、ソレは草履から靴に履き替えたからでは?
靴底の分だけ身長が伸びたと錯覚したようで、初音サマは大層ご機嫌だったそうな。
「やはり運動とたっぷりの食事が効いておるのう」
言葉の端々から伝わる低身長に対するコンプレックスは思ったより重症で、俺がAwazonを見るたびに身長を伸ばす道具はないのかと聞いてくる程。
……日々の心構えとやらは何処?
そんなワケで、初音には『小さい』とか『低い』という言葉は絶対NGなのだ。
もしも破ったなら――地雷を踏み抜いたも同然!
それこそ、即座に死ぬと書いて即死の運命が待っているのは明白。
「お~よしよし、ギンレイは愛いのう!
ずっっっっと、そのままでいて給もれ。
――あしなよ、お主は少々…目上の者への敬意が足りぬと見えるなぁ?」
……自分より身長の高い者に対してのヘイトが半端ない件について。
コイツ、絶対巫女に向いてないだろ……。
恐るべき個性を抱えた鬼娘は下ろし立ての登山靴で軽快に山道を進み、初夏の陽光よりも眩しい笑顔を振りまく。
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