猪つみれの豆乳鍋
「これは昨夜の鍋とは似て非なる物か。
同じく純白の汁じゃというに、立ち上る香りは全く異なるのう」
昨日の夕食に作ったミネストローネは本来、トマトを使った鮮やかな赤が特徴の料理なのだが、代用したトマトの近縁種であるベニワラベは白い果肉をしていた為、色合いが似てしまったのだ。
しかし、初音の言う通りダッチオーブンから漂う香りはハトマメムギが持つ素朴な豆類特有の物であり、若干の青みを帯びた香りが室内に満ちていく。
匂いに敏感なギンレイは即座に反応を示し、我慢しきれない様子で鍋を覗き込んでいる。
「ほ~ら、つくねを冷ましておいたぞ~」
愛犬の行動を見越していた俺は竹皿に料理を移すと、言われずとも『待て』の姿勢を取っていた。
クッ……涙で前が見えねぇよ……。
忠犬ギンレイは『よし』の合図と同時に山盛りのつくねに食らいつき、歓喜の声を聞かせてくれた一方、俺が目を離した一瞬の隙で食事を始めている初音を見て軽い殺意を覚えたのはここだけの話だ。
怒っても無駄なので、諦めて俺も食卓に着く。
「さてさて、どんな感じなのかな~っと。
おお、良い出汁が取れてるな。
流石は安定のサワグリだ」
初音がホームに迷いこむ以前、サワグリで塩汁を作った事があるのだが、その時も食材のポテンシャルを存分に発揮した旨味が楽しめた。
今回の鍋では各種の調味料に加えて、出来立ての豆乳をメインに据えたとあれば、失敗する要素など皆無に等しい。
「ふむ、中々…悪くはないのう」
初音はNINTENDU SWITCHが懸かっている為なのか、いつもの料理評論家めいた発言は影を潜め、黙々と食材を口に運んでいる。
コイツは好き嫌いが多い割りに、鬼の如く食い意地が張っている反面、料理に対して心にもない嘘を言った事は過去に一度もない。
それが教育による物なのか、個人の主義による物なのかは分からないけれど、ゲーム機欲しさに出鱈目を言う奴じゃないって事だけは確かだ。
つくねには未だ手を伸ばしていないのを見て、少しだけ後押しをしてやる。
「つくねが出汁を吸って超旨い!
軟骨の食感が癖になるなぁ!」
「…でもブヨブヨなんじゃろ?
そんな見え見えの嘘でワシは騙されんぞ!」
ウソじゃねーし!
つーか、挽肉を入れて火を通したのに、どうやったらブヨブヨになんだよ。
恒例の好き嫌いが発動してしまい、駄々《だだ》っ子との攻防が長期戦になるかと思われた矢先、決定打を決めたのは意外にもギンレイだった。
先につくねを食べ終えたギンレイは、俺の竹皿に盛られたつくねを見るや、猛然と御代わりを要求したのだ。
狼の嗜好などという物には詳しくないが、どうやら彼は大層気に入ったらしい。
次々と平らげていくギンレイの様子を見て、初音もようやく興味を持ったのか、無言で鍋から一個だけつくねを掬い取ると、俺から見えない位置で食べた。
「どうだ? 悪くはないだろ?」
「……『ずぅいっち』を諦めた訳ではないが……旨いのう」
やれやれ、手間のかかる娘さんだな。
残ったつくねを初音とギンレイに配膳してやり、取りあえずSWITCHを巡る第一回防衛戦に勝利した事で安堵の息をついた。
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