穿たれる食の楔
「よし、取りあえず十分だな」
あれから思いつく限り必要な物を買い足していき、全ての準備を終える頃には19時を過ぎていた。
既に月が顔を出す時刻になっているとは思わず、時間の流れに驚かされてしまう。
完成した保存食を手早く竹筒に入れ、残った氷で冷やしてから遅めの夕食作りを始める。
「そういえばハトマメムギを残しておったのう。
今宵の夕餉も豆の煮物かや?」
「豆料理…ではあるかな?
まぁ、楽しみにしててくれよ」
言葉を理解していないはずのギンレイが俺の膝に前足を掛け、激しく尻尾を振って期待してくれている。
そのヌイグルミめいた可愛い応援に応える為にも、気合い入れて腕を奮ってみせよう!
まずは水に浸しておいたハトマメムギを丸ごとダッチオーブンに入れ、トロトロになるまで撹拌する。
良い具合になったら本日フル稼働の焚き火釜にダッチオーブンを載せ、更に水を加えて沸騰させていき、薪の量を調整して吹きこぼれないように注意する。
「豆の爽快な香りがしてきたのう~」
香りの変化は食材に火が通った合図。
ここで釜からダッチオーブンを降ろし、Awazonで購入した布巾を寸胴鍋に被せて絞れば…。
「これで豆乳と栄養たっぷりのおからが完成!」
しかしどういう訳なのか、出来上がった食材を前に初音は微妙な表情を浮かべ、角の生えた額にシワを寄せている。
「おからぁ~~? あの豆腐の出来損ないみたいなブヨブヨの捨てる物をワシに食せと?」
「えらい言い掛かりだな。
お前の家では食べなかったのか?」
どうやら九鬼家では豆腐は口にしても、副産物のおからは食べずに、兵士達の食事に払い下げる物という認識らしい。
異世界日ノ本の生活水準を考えれば全くもって贅沢な話であるが、それだけ彼女が良家の御令嬢だという証拠なのだろう。
「だったら今夜、お前の認識をすっかりくっきり変えてやるよ」
「言うたな? ならば見事ワシを唸らせる物であったなら、『ずぅいっち二号機』は諦めてやろうぞ」
まだ諦めとらんかったのか…。
だが丁度いい。
旅の最中、発作的に欲しがり病が起きても困る。
ここで初音の考えを改めさせると同時に、後顧の憂いを断ち切ってやるぜ!
勝負の行方を見守るギンレイの声援を受け、夕食作りを再開。
ダッチオーブンに水と塩抜きしたサワグリを入れて出汁を取り、余っていた猪肉のバラ肉を切り分けておく。
そして、モモやスネなどの固い部位や軟骨は丁寧に挽肉にした後、おからと刻んだジンショーガを混ぜ合わせて団子状に丸める。
水が沸騰したらサワグリを取り出し、塩砂糖に醤油や味醂を加え、絞りたて豆乳を入れて味を整えればOK!
後は火の通り難い食材から順次入れていき、ひと煮立ちさせれば出来上がり!
「これぞ鬼属サマの甘ったれた認識を穿つ食の楔!
あしな特製、猪つみれの豆乳鍋が完成したぜ!」