キャンプ遊びの定番モルック
俺は小屋にあった薪を拾い上げ、側面にナイフで漢数字を刻み、4mほど離れた場所に一纏めにして次々と立てていく。
本当は算用数字を表記するのだが、こっちの方が初音には馴染み深いだろう。
合計で12本の薪が立ち並ぶ姿は、一見するとボーリングのピンを思わせる。
同様に初音の分も用意してゲームの説明を行う。
「これはモルックって遊びでな、交互に薪を倒して先に50点先取した方の勝ち。
どうだ? シンプルだけど面白そうだろ?」
「先に倒した方が勝者か。だったら簡単じゃ」
言うが早いか、初音はダーツでも投げるような手振りで薪を投げると、大きく的を外して小屋の壁に拳大の穴を開けやがりました。
外の地面には投げつけた薪が深々と突き刺さり、壁からはパラパラと埃が舞い落ちてくる様子に、マジに同行者として自分の身を案じる。
コイツと一緒に旅してて大丈夫なのか?
ここは努めて冷静に、なおかつ俺の言い分を正しく理解してもらうのが肝要だと思う。
「…あー、ちょっと待ってくださいよ?
人の話は最後までちゃんと聞こうね。
投げる時は下手投げにしようね。絶対に!」
「お? おぉ…」
他人行儀な物言いに初音は若干引き気味だったが、それよりも優先すべきは身の安全なのでソコは譲れない。
そもそもモルックとは、力任せに棒を投擲して的を粉砕するようなモノとは全然違う。
先に50点を先取する上で、最も手っ取り早いのは全てのピンを倒す事だと思われがちだが、実際には案外難しい。
「どんな投げ方でも同じじゃ! そりゃー!
……あぅ、3本しか倒れんかった」
「倒れたピンの本数が点になるけど、こうやって狙ってやるとだな――」
俺が投げた薪は右奥に位置する八と刻まれたピンに当たり、一本だけが地面に倒れた。
我ながら中々のコントロールだな。
「はーはっはっは! あしなは下手じゃのう!
今度はワシが手本を見せて…」
「今のは8点だよ。
一本だけ倒れた場合はピンの数字が得点になる」
正式ルールを聞かされた初音は、ずっこけた拍子に薪をブン投げ、あろう事か天井にまで穴を開けてくれやがりました。
オイオイ…これ以上雨漏りを増やすなよ…。
「聞いとらんぞ! 今のはナシじゃ!」
どさくさに紛れて先程の失敗をなかった事にされた。
ついでに付け加えておくと倒れたピンはその場で立て直され、ゲームが進むと徐々に的が広がって狙うのが難くなっていく。
逆に言えば特定のピンを狙いやすくなり、高得点を取ったり、最後のフィニッシュに必要なピンにも届きやすくなる。
そして、50点を超えた場合は25点からやり直しとなり、一気にゲームが傾くというワケだ。
シンプルながらも大人から子供まで楽しめるゲームで、世界大会まで開催されているらしい。
「う…りゃー!」
初音が高得点を狙って投げた薪はピンから外れ、一本も倒れずに地面に転がった。
この世の終わりみたいな顔をする一方、勘違いしたギンレイが喜んで薪を取ってきた様子は実にミスマッチで、笑いを堪えるのに苦労する。
「うぷっ……つ、次は俺っすね」
「なんぞ愉快な事でもあったのかのう…?」
般若の如く顔を歪ませて凄まれても困る。
だが、投げる回数が増えるにつれ、コツを掴んだ初音は猛然とスコアを追い上げ、二人とも残り一投という白熱した展開にもつれ込む。
勝利するには俺が3点、初音が4点を取れば決着だ。
「存外やりよるのぅ、あしなよ。
じゃが、これで決めさせてもらう!」
初音が最後に放った一投は、四と刻まれたピンを捉えるが…。
「やったぞ! ワシの勝ちじゃ!」
「まてまて、よく見てみろ」
本命の四ピンは隣にあった十ピンに阻まれ、もたれ掛かる形で完全な横倒しにはなっていない。
「ざんねーん。零点でーす」
「ぐぬぬ~。次! 次こそは倒してみせるぞ!」
しかし、失敗によってペースが乱れたのか、気合いが空回りした初音はチャンスの場面で残りの投擲を外してしまった。
三回連続で外すと、零点のまま相手のターンへと移る。
ここが勝負の分かれ目!
「今こそ俺の勝負強さを見せてやるぜ!」
極限まで高めた集中力によって放たれた投擲は美しい放物線を描き、目標の三ピンへ向けて寸分違わず完璧なコースへと入った!
圧縮された刻が歓喜の瞬間を迎えようとした刹那、ギンレイが華麗なジャンプで俺の投げた薪をダイビングキャッチしてくれやがりました――。
「なにしてくれてんねん! いぬぅぅぅう!!」
隣で爆笑している初音を見てギンレイはよほど嬉しかったのか、咥えた薪を振り回して全てのピンを豪快に倒してしまった。
「おぃぃぃいいい!?
ワシの勝利がぁぁぁあああ!!」
入念に散らされたピンは元の位置が再現不能となってしまい、俺達はスコアレスドローのまま、ギンレイの一人勝ちという結果となった。
なんとも不完全燃焼な決着ではあるが、山奥の小屋には笑顔と笑い声が絶える事なく、終始に渡って穏やかな空気に包まれた。
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