異世界パンケーキと野苺ソースのマリアージュ
まずはウグイストリイチゴとハッカクイチビコを潰した後にスキレット鍋で煮詰め、塩と砂糖を加えて味を整える。
ハッカクイチビコは先日見つけた新種の食材で、名前の通り規律正しい葉脈がビッシリと八角形に並んでおり、葉を磨り潰したり液体にすると強い清涼感を放つ植物。
飾り気のない小屋に漂う甘い香り。
鍋から沸き上がる音が大きくなるにつれ、森林浴にも似た爽やかな空気が徐々に強まっていく。
さっきまで遊んでいた初音はハンモックから身を起こすと、興味津々といった顔で鍋を覗き込み、俺が目を離す隙を狙っているようだ。
今にも手を出しそうになるのを巧みなフェイントで回避し、中身を素早く竹皿に移す。
「もう少しで完成だから大人しく待ってなー」
「うむぅ~。いま食した方が絶対旨いのに~」
それについては俺も全面的に同意する。
しかしながら、旨い物同士が出会った際に生み出される相性も知っておいて損はないと思う。
ギンレイが俺の背後から脇をこじ開けて顔を出し、甘えた声で急かしてくる。
その反則的な可愛さの前に、強固な意思がメロメロになってしまいそうになるのを堪え、料理の完成を急ぐ。
「あとはハトマメムギの粉とミズサシシギの玉子に水と砂糖を加えて生地を作り、スキレット鍋で焼き上げれば――ふわっふわパンケーキの出来上がり!」
夏の入道雲のように吹き上がったパンケーキはインパクト抜群!
熱々の鍋一杯に膨らんだ光景に初音とギンレイは驚きに満ちた表情を浮かべ、未知の味覚を知りたくて我慢できないといった様子。
竹ベラを使って丁寧に取り出し、大きめの皿に配膳しようとした途端、初音の手が伸びてきたので素早く頭を押さえて動きを制した。
「くっ! ワシの邪魔をするでない…!」
「おち…つけぇッ! まだ途中なんだから!」
飯を前にすると桁外れのパワーで突っ込もうとするのはヤメテ!
それに、今回はこれで完成ではないのだ。
興奮する初音をどうにか押し留め、事前に作っておいたソースを存分に使ってパンケーキとの奇跡の出会いを演出する。
ケーキの熱気がソースの存在感を際立たせ、甘酸っぱさと森の香気を含んだ香りが殺風景な室内に広がっていく。
「あしな特製パンケーキと野苺ソースの完成だ!」
「早う早う!
すぐに食べないと傷んでしまうぞよ!」
そんなワケあるか。
空腹が限界の域に達した初音は勢いに任せて適当な事を並べている。
俺は華麗な無視を決めると先にギンレイの分を配膳してやり、最近教えた『待て』を実践してみる。
すると、我が愛犬は空腹に耐え、見事に主人の指示を守ってみせた。
健気な姿を見て泣きそうになりつつ、『よし』の合図で物凄い食べっぷりを披露した果報者を全力で撫で回す。
実に御行儀が良い。初音と違ってな!
「貴様ァ…早う喰わせろというに…!」
「少しは…犬を見習ったらどうなんだ…!?」
パンケーキを前に再び鬼娘とぶつかり合う。
コイツ…食事が絡むとマジに犬並だな。
腕が攣りそうになるのを我慢する中、どうにか防衛には成功したが、汗だくで息が上がってしまった。
――もはや最後の手段を使うしかないだろう。
「はぁはぁ…『待て!』 待て待て待て!」
「うぅぅ~…けーきけーきけーき!」
虎視眈々《こしたんたん》とパンケーキを奪う機会を狙う初音。
こんな犬以下の奴と一緒に旅してると思うと心底泣けてくるが、ここで諦めたらコイツの亡くなった母親に申し訳が立たない!
ジリジリと間合いを取って初音の反応を観察し、野苺の香りに気を取られて僅かに闘争心が緩んだ一瞬の隙を突く!
「『よォ~~~しッ!』 ヨシヨシヨシヨシ!」
合図と同時に目前にブラ下がった餌。
弾かれたように食い散らかす初音を遠巻きに眺めていると、何故だろう……涙が止まらない。
「うん…うん…旨いか?
もう聞いてないと思うけど一応教えとくよ。
生地に混ぜた水は普通のじゃなくてな、以前採取した濡れると泡を出す石、『発泡軽石』に浸けた水なんだぜ?」
どうやってベーキングパウダー抜きでフワフワのパンケーキが作れたのか、本当なら驚いてもらうポイントだったのに台無しである。
発泡軽石によって入手が可能となった炭酸水。
絶えず発泡する水を使って生地を練った事で、焼き上げの際に空気を含ませ、柔らかい食感を得たのだが――まるで聞いちゃいねぇ…。
初音の母親である妙天院さんを想い、遠い地で元気に家出しているから安心してくださいと、心の中で語りかけるのだった。