手引き書『異世界の歩き方』
「ンマイ……世界で一番旨いツナ缶や…」
体に染み渡る感覚を存分に堪能し、空っぽの缶を後ろ髪引かれる思いで見つめる。
丸一日断食しただけで、食に対して随分と考えが変わるという事を教えられた。
「本当、これからもっと感謝して頂かないとな」
そして、このアプリ……。
Awazonとかいう得体の知れないアプリの謎は残されたまま。
いつインストしたのか、どうやって何もない空間に缶詰が出てきたのか、肝心な事は何一つ分からず不明。
しかし、唯一確実なのはツナ缶を食えたのはAwazonのお陰って訳だ。
偶然アプリを見ていた時に、見知らぬ森で缶詰を見つけるなんて流石に有り得ないし、いくらなんでもタイミングがよすぎる。
「だとすりゃ、このアプリを使って状況を変える事も…可能ってコトだよな…?」
焚き火の仄かな光が手にしたスマホを照らし、気付けば月が見下ろす時間になっていた。
明日に備えて寝ておかなければならないが、それ以上にアプリの機能を確かめておかなければならない。
再びAwazonを開きメッセージ欄を残さず読んでいくと、一番上に奇妙な一文が表示されている。
『ようこそ、四万十 葦拿様。
手引き書として異世界の歩き方を進呈致します』
俺の個人情報が堂々と流出している件については後で考えるとして、手引き書と異世界?
何の事か理解できずメッセージ欄を触っても、先程のように何かが出てくる様子もない。
「なんだ、一体どこにあるってんだ?」
マイページのどこを探しても見当たらず、諦めてアプリを閉じた時にホーム画面の中央、Awazonの隣に『異世界の歩き方』というアイコンを見つけた。
言うまでもないが俺はインストした覚えはない。
だが、ここまで来たらとことんやってやる!
そう思い、アプリを開く。
「……なに? 何の反応も無……あああ!?」
スマホ画面から顔を離した俺はチビりそうな程に驚いてしまう。
さっきまで何も無かったのに!
胡座をかいていた足の上に一冊の本が置かれている……。
「本……これが手引き書か?
てっきりスマホに表示されると思ってた…」
もう疑う気持ちは微塵もなくなっていた。
この超常を受け入れつつある中、本のタイトルには確かに『異世界の歩き方』とある。
これで間違いないだろう。
「異世界…どんな内容が書かれているんだ?」
もはや未知の恐怖よりも好奇心が心を満たし、焚き火の明かりを頼りに不思議な本に目を向ける。
「これは……動植物…鉱石、気候やら風土の特徴も!
異世界の情報が事細かく載っている!」
昼に見つけた二分裂葉はフタバブナという名前で落葉広葉樹らしい。
葉の厚い部分を見て常緑樹と勘違いした訳だ。
その他にもシソみたいに植物はミツミシソという名前で、生でも食べられるが水に浸けてアク抜きすれば渋味が抜けて美味しくなるそうだ。
白いキノコはオニツルタケという猛毒!
危ねぇ…食べなくて正解だったな。
「凄い……この本とAwazonがあれば助かる!
家に帰れるかもしれんぞ!」
静寂に包まれた夜の森に歓喜に満ちた声が轟き、助かるかもしれないという期待と日常を大きく跨いだ異世界に強く惹き込まれていた。