誘われるがままに身を委ねて…
おかしい―――どうしてこうなった?
あれから幼児みたいにグズる初音をなだめ、何故か一緒のハンモックで就寝しなければならなくなったのだが…。
(全ッ然、寝れねぇ…)
ダメだ。
無防備に寝息を立てる初音を意識してしまい、肝心の眠気がやってくる気配は一生ない。
ハンモックは地面から上がってくる地熱や虫に悩まされない反面、体を被う布地が体重によって垂れ下がって密着するので、中で身動きする余地が殆どないのが難点。
つまり、俺と初音は布切れ一枚の狭い空間に、ギュウギュウ詰めで寝ているというワケだ。
(めっっっっちゃ狭い……!
やっぱハンモックで二人寝るのは無理だろ……)
こんな事なら素直にアウトドアコットを買えば良かったのだが、そんな話を言ったところで後の祭り。
押し切られる形で初音と寝る事になってしまった一方、隣ではギンレイが悠々と寛いだ姿で眠りについていた。
(な・ん・で、お前が一匹で占有してんだよ!
どう考えても配分おかしいだろ!)
飼い主の事情など知るはずもなく、我が愛犬は初めてのハンモック体験に御満悦といった様子。
あの無関心な態度が、勝手にクイズの景品にした俺への当て付けでない事を切に願う。
焚き火の爆ぜる音と雨音、そして一定のリズムを刻む静かな寝息の中、予想もしない展開は唐突に幕を開けた。
「……ん……」
(あ、起こ……ちょおっ!? マズいですよ!)
俺の胸板を敷布団にしていた初音は、僅かに体勢を変えた際にルームワンピースがはだけ、幼い容姿に見合わない双丘を惜し気もなく見せつけている。
毎日遠慮なく消費される大量の食料がどこへ消えているのか、その謎が遂に白日の下に晒されたのだが――これは色々とアカン奴や!
四万十 葦拿が誇る鋼鉄の理性が、この程度のアクシデントで揺らぐとはミリも思っていない。
しかし、青少年のアレコレに配慮した結果、早急に打開策を打つべしと脳内会議で決議した以上、事態の収拾は一刻を争う問題である。
まずは明確な遺憾の意を表明する為、初音の肩を掴んで移動させようと試みるが、逆に腕を抱き枕にされてしまって失敗。
――どころか、寝惚けた鬼娘は抗いようのない力で腕を引き込み、どれだけ足掻いてもビクともしない。
(冗談みたいな力してやがる…。
無理に引き抜いたら脱臼するんじゃねぇの…)
下手をすれば骨まで…。
想像するだけで背筋に悪寒が走り、八方塞がりの状況になってしまった。
だが、抵抗を諦めた俺に更なる試練が降り掛かる。
(……うわ、うわうわうわうわ!!
ちょっと待ってくれよ…あぁ……)
あろう事か、抱き枕にされてしまった腕は胸の谷間に入り込み、刺激的で甘美な情報をこれでもかと送りつけてきた。
薄手のルームワンピースを通して伝わる柔肌は、しっとりとして温かく、滑らかな肌の感触は底無し沼に沈むかのように柔らかい。
これは……非常にマズい……。
脳が焼き切れそうになるのを必死に堪えるが、いつまで正気を保てるのか自分でも分からない。
このまま本能が暴走してしまう位なら、いっそ起こしてしまおうと思った直後、小さな唇が僅かに開いた。
「母上……会いたい」
夢の中で亡くなった母親と再会しているのだろう。
一筋の涙が少女の頬を流れ、腕へと伝っていく。
「……俺だって元の世界に帰れるなら帰りたいよ…」
互いに叶う事のない願い。
少なくとも、俺の方は僅かでも可能性が残されている分、初音よりは救いがあるのかもしれない。
幽霊騒動に端を発した一連の出来事。
もしかしたら、普段の初音は弱い部分を見せまいと気丈に振る舞っている一方、心の奥底では不安や寂しさを隠しているのかもしれない。
そんな柄にもない事を考えていたからなのか、ようやく訪れた眠気に誘われた俺は今夜だけ腕を貸してやると、心地よい睡魔に身を委ねた。
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