優しさの恩返し
夜になっても雨は降り止まないどころか、更に激しさを増していき、いよいよ明日の出発さえ危ぶまれる気配が漂い始めていた。
当初は気にもしなかった天井の穴も、絶え間なく雨漏りが続くとなれば話は別。
既に小屋の中は外と大差ない程に濡れ、水を吸って泥と化しているので横になる事すらできず、木材や竹を敷き詰めたとしても、水滴が顔に落ちてしまえば就寝を阻害され、落ち着いて眠る事もできない。
「そんな諸々でお困りなら、Awazonにお任せあれ」
いつもとは少し趣向を変えてみたのだが、どうだろうか?
安眠を得る為に購入したのは、キャンプアイテムでお馴染みのタープとハンモック。
本来ならタープは屋外に設置して日除けや雨避けとするのだが、今回は雨漏り対策として使用する。
ポールは必要ないと判断したので小屋の隅に付属していた紐を結びつけていく。
これだけで少量の雨なら問題なく防いでくれるはずだ。
「あしなよ、この布はなんじゃ?」
ハンモックを手にした初音は不思議そうな顔で広げ、細かい編み目越しに周囲を見渡していた。
こちらの世界にも類似する物が存在していると思うが、実際に目にするのは初めてなのだろう。
反応が面白いのでしばらく観察してみる。
「どうやって使うと思う?
当てたらギンレイと寝る権利をやるよ」
「ほう、ワシに挑むとは面白い!
これはのう……ビミョーに向こう側が透けて見えるのう~。寝る前に買うたんじゃ、きっと寝衣に違いない! 正解じゃろ?」
そう言ってドヤ顔でハンモックをミイラみたいに巻き付ける。
寝衣とは古い言葉でパジャマの事。
しかしながら、ノーヒントで案外悪くない線を当てたのは素直に驚く。
「ざんねーん、正解はこう使いまーす」
俺は小屋の中で最も太い柱を選び、ハンモックの両端をベルトとカラビナで調節しながら適切な長さに仕上げ、あっと言う間に二人分の寝床が完成!
けれども、この形を見ても初音はピンときてない様子だったので、口で説明するよりも見た方が早いだろう。
「こうやって中に入って体を安定させれば…」
「なんと夜具だったか!
これは…ほ~ぅ、宙に浮いておるとは……」
――めっちゃ見とる……。
そこまで珍しがられるとは思っていなかったので、ちょっと…いや、かなり恥ずかしい。
気分を紛らわす為、ハンモックから降りて無駄にストレッチをして誤魔化す。
「お前も横になってみな。
この浮遊感は慣れると楽しいぞ~」
熱心な観察を続ける初音にもオススメしてみるが、何やら怪しい動きでワチャワチャしており、小さくジャンプしたりブラ下がったりしている。
ハンモックを少し高い位置にしてしまったので、乗り込むのに苦労しているようだ。
しばらく小さな子供を見守る保護者目線でいると、耳元で聞き覚えのない男の声がした。
「お気をつけやす……」
恐怖はなかった。
ただ…嫌な予感がして、気づいたら体が自然と動いてくれたのは正直、俺自身にも説明がつかない。
「お、おぉ…これは、なんというか…うわっ!」
その直後、ハンモックの乗り方が分からない初音は、足を上げて中央部分から入ろうとしてバランスを崩した!
地面に後頭部をぶつける直前、先に動き出していた俺は空中でダイビングキャッチを成功させ、どうにか事なきを得たのだった。
「ッッッ~~! だ、大丈夫か!?」
「いたた……す、すまぬ。
お主の方こそ服がボロボロじゃ。
さぞ痛い思いを…どこか怪我をしておらぬか?」
飛びついた勢いで体を激しく打ち、小石だらけの地面でド派手なスライディングまでやった結果、衣服は肘から肩口まで大きく破れ、結構な痛みを負ってしまったのだが…。
「いや、どこも切ってない…ツイてたのかな。
なあ、それよりも聞いてくれよ!
急に耳元で声がしてさ、『気をつけろ』って――」
「ひゃああ! やめ…やめてぇ!」
………え?
どこから聞こえた?
今のも幻聴だったのか?
見れば初音は小さな体を限界まで縮め、琥珀色の瞳に涙まで浮かべて震えていた。