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新感覚、猪肉のミネストローネ

「お主は手の込んだ料理を好むのう」


 普段は面倒としか思わない料理も、キャンプとなれば妙に張り切ってしまうのは、ご家庭のお父さんあるある話だろう。

 それは置いとくとして、先程のケチャップ作りの時に解凍しておいた猪肉を取り出し、適当な大きさに切り分けておく。

 今回の料理もギンレイに食べさせる訳にはいかないので、先に食事を与えておくのも忘れないでおこう。

 肉塊を前にした狼は歓喜のジャンプを繰り返し、獲物に飛び掛かる練習も兼ねてかじりつく。


「日に日に成長しておるのう。

 一体どこまで大きくなるのやら」


 引き続き料理の方は火に掛けたダッチオーブンに脂身を引き、中火でじっくりと焼き上げ、頃合いを見てタケノコとハトマメムギを投入する。

 ここにサワダイコンを入れるか少し迷ったが、結局見送った。

 ベニワラベの酸味をもってしても、芯が残ってしまうと判断した為だ。


「本当はもっと野菜が欲しいんだけどね。

 そこんトコは今後の課題かな」


 ここで新調味料のケチャップを入れ、塩砂糖に香辛料のサンシュウショウと水を加えて煮込み、最後に乾燥ハーブを散らせば完成!

 真っ白なスープにたっぷりの猪肉、そして貴重な穀物であるハトマメムギを使ったミネストローネだ。

 ベニワラベの酸味が小屋一杯に広がり、久しぶりに嗅いだトマトの豊潤な香りに思わず頬が緩む。


「これはなんと…見た事もない…。

 以前、渡来した者が作った白湯ぱいたんなる汁物を食したが、ここまで濃厚な色味ではなかったぞ」


 白湯パイタンは鶏ガラなどで作る大陸の料理。

 多分、初音は豪族の娘として色々な食材を口にしてきたのだろうけど、ミネストローネはその食履歴にも該当しない料理らしい。

 竹皿に配膳すると更に香りが強まり、複数の香辛料と香草が後押しする。


「俺も白いミネストローネなんて初めてだよ。

 さてさて、どんな風に出来―――!?」


 口にした直後、失敗ヤラカシタと思った。

 一口しただけで汗が止まらない程に辛い!

 しかし、続く後味はまるで潮が引いていくように爽やかな香りを残して消え去り、何事もなかったと言わんばかり。

 ガッツリとした辛味と酸味。

 次いで額を流れ落ちる滝汗。

 そして、清涼感だけが残る。

 なんなんだこれは!?

 ここまで突拍子もない変化を見せる料理は初めてだぞ!


「これは…ちょっと予想外ってか……。

 おい、大丈夫か? 無理なら残しても…」


 現実のミネストローネを真似たものの、出来上がった異世界料理は全くの別物。

 これでは純和風の料理に慣れた初音の口には合わないかもしれない。

 そう思って気遣きづかったのだが――。


「う、旨い……と思う。

 なんじゃろ…これは、お主…すごいのう」


 何故なぜだかめられてしまった。

 コイツの性格上、気に食わなければ絶対に口に出して言うはずなのだが…。

 初音は心配する俺をよそに、手にしたスプーンを止めずにミネストローネを食べ続け、お代わりまで要求してきた。


「なんじゃろ……不思議じゃ。

 最初ははりつけにしてやろうかと思うたのじゃが…食しておる内にくせになって手が止まらんくなる…」


 食事が気に入らないってだけで人をしょするのはやめて頂きたい。

 つーか、食事で困惑する事なんてあるの?

 しかし、初めて西洋の食文化に触れたのなら、当然の反応なのかもしれない。

 再び異世界ミネストローネを口にしてみると、だんだんと刺激に慣れ、次第に手が止まらなくなる。

 確かに最初は俺も心底驚いた。

 だが、慣れてくると刺激の奥にある甘味や風味が感じられ、後味の清涼感も相まって他に類を見ない魅力に取りつかれてしまう!

 これは…まさしく魔性の料理と呼ぶべき逸品!


「肉も豆腐の如く柔らかい…。

 この豆はハトマメムギと言ったか?

 平民が日頃から口にしておるとは聞いておったが…ここまで旨いとはのう」


 家出前の初音が普段口にしているのは、多分マルハダイズだと思う。

 収穫量が少なく感染症にも弱い品種ながら、ほぼ真円に近い身が円満を表す縁起物として珍重されている豆の一種。

 どんな調理法なのかは知らないけれど、工夫一つで食材の味はいくらでも変わる。

 俺も改めて料理の奥深さを教えられた気分だ。


「まだ沢山あるぞ。どんどん食ってくれ」


 外は絶え間ない雨が降り続き、明日の天気すら知るすべはない。

 けれど、アウトドアとは…キャンプとは()()()()()()()

 自然に親しみ、時には翻弄ほんろうされ、そして新たな発見と成長を得る。

 少しだけ不便な異世界キャンプ、存分に楽しませてもらおうじゃないか。

 気づけば小屋の薄暗い雰囲気は一掃され、ホームに帰ってきたような穏やかな空気に包まれていた。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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