初心、忘れるべからず
人の手が入っていない放置された森の特徴を御存知だろうか?
実は簡単に見分けるポイントがあり、その一つが森の照度と呼ばれる基準で、簡単に言えば明るさの事だ。
管理された森は樹木が適度に間伐されて明るく、逆に放置された所は鬱蒼として昼間でも薄暗い。
ここ、神奈備の杜は言わずと知れた禁足地。
河原の両岸は晴天の昼間であっても、数m先が視認できない程の木々に囲まれている。
奥へと足を進めるごとに干渉を拒絶する気配は強まる一方、ホームとは一風違った植生が形成された事によって、新たな食材を手にする機会を得たのは皮肉な話だ。
道すがら目についた植物を『異世界の歩き方』で調べては、採取するのを欠かさない。
「この森は野生動物と化物がワンサカ居るんだろ? お前、ホームにたどり着くまでよく無事だったな」
「ふん、ワシを誰だと思うておる。
武勇の誉れ高き将にして伊勢國一帯の鬼属を統べる九鬼 澄隆の子ぞ。
母の妙天院は神宮の巫女じゃった。
熊だろうと亡者であろうとワシの敵ではないわ」
なるほど。
恐ろしく突飛な奴だけど、自分の安全に関してはちゃんと考えてるんだな。
先程の会話によって初音は地方豪族の娘だという事や、女媧を退けた際に見せた舞踊や祝詞を修得していた理由も判明した。
「昨日の踊りは不思議な感じがしたんだけど、アレのお陰で助かったんだよな?
もう女媧は出てこないと考えていいのか?」
期待を込めた質問に大きな溜め息で応える初音。
小学生並みの身長しかないのに、軽々と背負う巨大なドラム缶が非常にシュールだ。
「巫女舞の事か?
あんなのが効くとは最初から思うておらん。
精々、一時しのぎにしかならんじゃろうな」
あー、やっぱそうか。
失望とはいかないまでも、若干の期待があっただけに残念な気持ちを味わう。
そんな主人の内心を察したのか、先行していたギンレイがわざわざ戻ってきてくれた。
オイオイ、本当に泣くぞ?
「お前は賢い狼だなぁ~♪
お~お~ヨーシヨシヨシヨシヨシッ!」
先行き不安な旅情も愛犬(狼)となら乗り越えられそうな気がする!
ついでに人の命運を暇潰し呼ばわりする鬼娘もいるし、Awazonと『異世界の歩き方』もある。
既に数日前に訪れた流れが穏やかな瀞場を越え、ゴツゴツとした巨石が視界を埋めるエリアへと辿り着く。
いつの間にか山の傾斜を登っていたらしく、気づけば川を見下ろしていた。
「おぉ! なんと美しい……。
見よ、河床が浅葱や瑠璃紺に輝いておる!
これが…お主が言うておった『きゃんぷ』か」
「ああ、こうして自然の一部となって、日々の仕事や人間関係から解放される瞬間が最高に堪らないんだ!」
雄大な大自然を前に、何をグチグチと悩んでいたんだろう。
異世界だとか…女媧だとか…どーでも良い。
俺は新たな世界でキャンプを楽しんでいる!
今はただ、それだけで良いんだ。