缶切りなしで缶詰を開けろ!
赤々とした炎は周囲を暖かく照らしてくれたが、俺は今しがた起きた出来事をうまく飲み込めずにガタガタと震えていた。
「なんなんだ、このアプリは!
まるで観察記録みたいな…。
こんな気味の悪い物…アンストした方が良いんじゃないか……?」
本来なら、開く事すらしなかったであろう謎のアプリ。
幸か不幸か、その機能の一端を垣間見た事で遭難という退っ引きならない事態に加え、その処遇についても頭を悩ませるとは…。
どうするべきなのか…。
全く判断できずに体も思考も固まっていると、通知欄の一番上にあるメッセージに目が止まった。
『初めてのログインボーナス――ツナ缶』
「うおおおぉぉ!! マジかよオイィ!!」
もはや思考能力など失い果て、目の前にある待望の食料に釘付けとなっていた。
「どうすれば、どうやったら手に入るんだ!?」
荒い息を吐きながらスマホを食い入るように見つめ、メッセージ欄に指をかけると背後の草むらに何かが落ちる音がした。
「……そんな事が…ある訳が…まさか……」
疑いながらも獲物に飛び掛かる動物の如く、音のした草むらを這いつくばって探す。
暗い森の中に焚き火の光を受けて怪しく動く影、誰かが見ていたなら間違いなく不審者と思われただろう。
しばらくの間、草を掻き分けて四方八方に伸ばしていた手に、何か丸い金属の感触が返ってきた。
「この手触り…重さ…嘘だろ!」
抱き抱えるようにして焚き火の元へ持っていき、手の中に収まる物体を見て歓喜と驚愕の両方を同時に味わう。
そこには真新しい缶詰、しかもツナ缶があったのだ!
「本物…本物だ! マジもんのツナ缶だあ!」
あまりの驚きで腰が抜けたように地面へと座り込む。
このアプリは本物だ。
原理だとか理屈だとかは知らんが、神の助けだと言われても信じざるを得ないだろう。
そうと分かればスマホのバッテリーは大事にしなければ。
俺は急いでスマホを待機状態にして、少しでも消費を抑えるように心掛けた。
そして歓喜の表情で手にした缶詰を見て仰天する。
「バッカ野郎! こぉれぇえッ!
プルタブついてないんですけどぉぉおお!!」
満天の星空に心から絶望した絶叫が木霊し、森に潜む鳥達は突然の奇声に驚き一斉に羽ばたいていく。
缶は上も下もツルツルで、どこにも指を掛ける所など存在しない。
必死で爪を立てるがまるで歯が立たず、指先は虚しく空を切るばかり。
「落ち着け、落ち着くんだ!
缶切りを忘れた時に体得した開け方を、今こそ思い出せ!」
自分に言い聞かせるように、気持ちを鎮めて冷静さを取り戻す。
手触りから判断するに、缶の材質は薄いスチールだろう。
だったら、岩や地面に叩きつけて無理矢理こじ開けるのはNGだ。
折角の食料が台無しになる恐れがある。
前に缶詰の構造をネットで調べた事があった。
一見すると缶は一つの容器から成り立っているように思えるが、実はフタと缶に分けられているのだ。
「落ち着け…ツナ缶は逃げない。
絶対に逃がしてたまるもんかよ!」
俺は辺りを見回して平らな岩を探しだし、缶の上面を岩に押し付けて時計回りに動かし続けた。
焦らずに小刻みに、微妙な窪みに注意しながら均等に缶の縁を削っていく。
根気よくグルグルと擦りながら、縁の状態を逐一確認。
こうする事でフタと缶を分離させるのだ。
すると、岩の表面が僅かに湿ったので手を止めて缶詰をひっくり返すと、縁の一部に穴が開いていた!
後はマンションの鍵を差し込んでテコにすれば……。
「ッしゃああ! 開いたぞオラァア!!!」
まさに情報を制した事による勝利、というのは言い過ぎか。
俺は苦難の末、一日が終わろうとしていた頃にようやく食料を手にしたのだった。