蛇女の真名とは…
翌朝、深刻な頭痛はロックなリズムを刻み、不必要な頻度で体の不調を知らせてくれた。
これも全部、あの蛇女とバカみたいな力を持った子供のせいだ。
異世界に来て以来、普通なら有り得ない位の不運に見舞われ続け、マジに心が折れそうになっていた。
とてもではないが食事の用意などする気になれず、保存食の甘露煮と梅干しで朝食を済ませるべく、コットから身を乗り出すと衝撃の光景に出くわす。
「あひな! おふぁよう~」
初音がギンレイの猛攻を巧みに避けつつ、竹筒に入れて取っておいた甘露煮と梅干しを口一杯に頬張り、綺麗に平らげた後だった。
――お前、鬼か?
本当……そう遠くない内に、こいつらに殺されたとしても全然ッ不思議じゃねぇ。
「あー、おはよう……。
ところで昨日の件について聞きたい。
知ってる事を教えて欲しいんだよ。全部」
丹精込めて作っておいた保存食を食い尽くした件じゃないぞ?
例の蛇女を退散させた初音なら、何か知っているんじゃないか――藁にもすがる思いで尋ねるが…。
「ワシに聞いても仕方あるまい。
それよりも自分の胸に手を当てて聞いてみよ。
このような猛獣のみならず、魑魅魍魎の棲まう杜に好き好んで長居するのであれば、余程の物好きか…相応の罪を犯したのではないか?」
「アホか! 俺は自慢じゃないが生まれて21年間、一度たりとも犯罪なんかしてねーよ!」
割とマジな話である。
今までフラれる事はあっても、誰かに恨まれるだの酷く嫌われるだのといった、人間関係のトラブルとは無縁の人生を送ってきた。
それに、自分の意思とは無関係で異世界に飛ばされたとなれば、妙な勘繰りなど筋違いも甚だしい!
流石に憤慨した様子を示すと初音も素直に勘違いを認め、保存食を全て食べてしまった事を謝罪した。
……だから、そっちじゃねぇって!
「すまんすまん、そう怒るでない。
せめてもの詫びに、ワシの知っている事を教えて進ぜようぞ」
「はぁ、やっとかよ。お前は昨日、蛇女の事を『たいしん』とか言ってたよな?
それって相手は神ってコトか?」
イメージしてる神ってのは……こう、バーッと光ってて雲の上から……髭の爺さんみたいな?
初音は俺の貧困な描写を聞き、可哀想な人を見る目で眉間にシワを寄せる。
「……もう少し畏敬の念を…まぁよいわ。
お主が蛇女などと呼ぶ存在はのう、畏れ多くも妖怪の類いだと思うておるのじゃろうが、実際には真逆! 御前はワシら日ノ本の民からしても神と同列ぞ」
「神…確かに人間じゃないとは思うが……」
そんな大層なモノから嫌われた覚えはない。
だが、初音の懸念は俺の想像を遥かに上回り、シャレにならないレベルに到達していた。
「貴名は女媧と呼ばれておる。
古くは大陸から海を渡ってきたと伝え聞くが、実際には誰にも分からぬ。蛇に似た体を持ち、美しい相貌で若い男を魅了するらしいのじゃが……」
何故か気になる部分で話を区切られた。
女媧だかショッカーだか知らないが、取り憑かれた理由が分からない以上、魅了されてしまった後が肝心なのだ。
しかし、まるで禁忌でもあるかのように、口外する事を渋る初音。
遂に痺れを切らせた俺は、本日の夕飯を人質にして真相を聞き出す。
「それで魅了されると…どうなるんだよ?」
「はぁ~~~……仕方ないのう。
ワシも取り憑かれた者を見るのは初めてじゃが…聞いたところによると、身体中の精気を吸い尽くされた末、やがては――死ぬ」
「……マジに不運どころか呪われてんじゃん」
理不尽にも程がある話に、天を仰いだまま倒れ込むしかなかった。
次話にて第一部が終了します。
物語は新たな局面を迎えるのでお楽しみに~!