絶品!猪の焼き塩タン
「ほるもん、とは何の事じゃ?
お主の世界では猪の事をそう呼ぶのか?」
「いや、まぁ…平たく言うと動物の内臓の事をホルモンって呼ぶんだけど」
それまで満面の笑みを浮かべていた初音の顔が、気の毒な程に青ざめていく。
この感じはザリガニの時と同じ、食べる習慣のない物に対する拒絶反応だな。
「安心しろ。しっかり下処理したから臭みもなく食べられると思うぞ」
「…天はワシを試そうとしておるのか?
なぜ…こうも過酷な試練ばかりお与えになるんじゃあ~」
相変わらず大袈裟な奴だ。
兎に角、食べてみれば分かると伝えたが、まだ疑心暗鬼といった感じだろう。
ギンレイは崩れ落ちた初音を気遣い、悲しげな声で鼻を鳴らしている。
鬼の気持ちまで察してくれるとは、全くもって本当にお利口なワンちゃんだと感心するばかりだ。
さて、焼き肉の初手はどの部位から?
そう聞かれたなら半数以上がタンと答えるだろう、俺も全力で同意する。
タンは根元にあるタン下と呼ばれる筋肉の塊を切り取り、流水で丁寧に水洗いを行った。
焼き肉で使うのは柔らかい部分で、舌先の硬い所は鍋用に回した。
「おっと忘れてはならない。
タンは塩で頂くのが個人的大正義だ」
異論は無いだろう?
と言いたいが、有名な仙台牛タンは味噌で味付けするという事を付け加えておく。
どっちにしろ、今回は絶対に塩タン一択だ。
異論は認めない。
これでもかという位、分厚くスライスされたタンを脂身の引かれた平石に並べ、心踊る音を伴って焼き上げていく。
表面に降り注ぐ岩塩と油が大自然の中で一つに溶け合い、口に運ばれる時を今や遅しと待ちわびるようだ。
芳ばしい香りが漂うと意気消沈していたギンレイも目を覚まし、絶好の御馳走に目を輝かせる。
初音は未だ懐疑的な視線を送っているが、徐々に平石へ顔を近付けている所を見るに、興味を惹かれつつあるのだろう。
「野生の猪から取れた天然塩タンだ!
箸先で丸めて口に含めると…おぉ、分厚いタンの歯応え! 厚切りにした肉からは豪快な音が聞こえる…!
噛むと旨味がどんどん溢れてくる一方、後味は驚く程スッキリしてて無限に喰える。マジで!」
アカン、これは止まらんぞ。
平石からタンが次々と消えていく。
その様子にギンレイが抗議すると俺もようやく正気を取り戻し、塩抜きの物を配膳してあげると一瞬で地上から姿を消してしまった。
「……あの、ワシも………」
無言で竹皿に塩タンを配膳してやるが、このくだりは朝もやったなぁ。
初音はザリガニの時よりも抵抗感がなくなったのか、一口食べただけで味の虜になったようだ。
「お…おぉ!? 旨い……。
こんな旨い肉は初めて食すぞ!」
確かに、日本でも牛や豚のタンを食べるようになったのは近世に入ってから。
この世界の習慣はまだ詳しくないが、恐らく相当にマイナーである事は想像に難くない。
「うまいうまい! もっとくれ!!」
…マジに一瞬だな。
俺は『食べきれないかも』という不安よりも『足りるかな』という新たな心配を抱えていた。