明かされていく異世界の謎
「うぅ…父上、母上、空腹に負けて世俗に染まる初音をお許しください……」
大袈裟過ぎるだろ……。
それでも初音はマジな葛藤に苛まれているらしく、苦悶の顔つきでザリガニを口に運ぶ。
小さな唇が小刻みに震え、今日まで想像もしてこなかった食材の味を体験する。
「どうだ? やっぱダメか?」
「…うぅ…あぁぁ……ワシは…」
がっくりと肩を落とし地面に平伏す少女。
その身なりから日々の食べ物に困窮している様子はなく、いきなり未知の食材であるザリガニを口にするのはハードルが高かったのかもしれない。
「なぜ…なぜ……こんな下手物を旨いと感じてしもうたんじゃあ~…。
狂惑じゃ! 神奈備の杜なら追っ手から逃れる良い隠れ蓑になると思った…。
そんな浅はかなワシに天罰が下ったんじゃあ~」
神の贈り物であるザリガニがゲテモノとは心外な。
しかしまぁ、口に合ったのなら幸いだ。
それは置いとくとして初音が先程、涙ながらに語った言葉が気になる。
「なぁ、神奈備の杜ってここの事か?」
ずっと疑問に思っていた。
いや、よくよく考えてみれば俺は異世界の事について何も知らない。
『異世界の歩き方』を読んだとしても、それは表面的な情報であり、この世界の住人から直接話を聞けるのなら絶好の機会といえる。
「そうじゃよ。
この杜は伊勢の國でも特に神聖な場所。
不用意に立ち入るは鬼属であれ人間であれ、固く禁じられておる」
俺は全身に電気が走るような衝撃を受けた。今、伊勢と言ったのか!?
「ちょっと待ってくれ! もしかして伊勢って所には大きな神社があるんじゃないか?
その…とても古くて由緒ある場所が…」
初音は質問に対して大きく頷くと、妙に自信に満ちた表情で答える。
「もちろんじゃ!
日の本に御座す八百万の神々を奉る神社の中でも最高峰、伊勢の神宮が神代の刻からこの地を見守っておるよ」
やっぱり!
ここは日本、しかも三重県なのか!
俺の母方の実家が三重県という事もあり、何度も訪れた思い出の土地。
ここに飛ばされて以来、異世界だという事しか分からない状況が続いていたが、ようやく大まかな現在地が判明した。
異なる世界…だけど、ここは日本なのだ!
しかし、全く形態の違う動植物に加え、初音の言う鬼属という人達の存在。
俺のよく知る世界とは、似て非なるモノだと考えた方が良いだろう。
「初音がさっき言ってた追っ手とは誰の事なんだ?
お前もしかして…何かやらかしたのか?」
必ず聞いておかなければならない。
場合によってはトラブルに巻き込まれる恐れもあり、そんな事態は絶対に避けたいからだ。
だが、俺の懸念を初音は一蹴する。
「そんな訳あるか!
むしろワシは被害者じゃ!!
父上が一方的に決めた望まぬ婚約に嫌気が差したのでな、とうとう城を飛び出してやったわ!」
腕組みで仁王立ちする初音、こんな小さな子に婚約話を持ち込むとは…。
まるで戦国時代の政略結婚だな。
「どこに逃げようか迷っておったが、神奈備の杜なら隠れるのに最適じゃ。
しかも獰猛で知られる野生動物の縄張りであり、タテガミギンロウまで出没するのでな。余程の理由がなければ鬼属であっても近付かんわい!」
逆に自分が狼に襲われるとは考えなかったのか、それとも考える余裕などなかったのか。
呆れた気持ちが半分、行動力への敬意が半分といった具合に、初音へ微妙な同情を示すと嬉しそうに話を続けた。
「そうじゃよ、39で結婚など早過ぎる!
父上は何を考えておるのかのう」
え………39歳?
見た目は小学生にしか見えないが…。
「あの…お前の親父さんって歳いくつ?」
質問の意味が分からずハテナ顔の初音は、それでも大して気にも留めず答える。
「父上の御年?
確か今年で440歳だと思ったぞ」
あー、そういう系?
俺は初音の額から伸びる一本角を見ながら、腕相撲で負けた理由に納得するのだった。