遭難者に救助される遭難者
翌朝は随分と寝坊をかましてしまった。
最たる原因となったのは、ベッドができた事で睡眠の質が大きく向上した為だろう。
久しぶりにしっかりと寝た感覚があり、お陰で体の調子もすこぶる良い。
昨日から降り続いた雨は深夜に弱まったようで、今朝は抜けるような青空が広がっている。
まだ眠い目をこすりながら顔を洗おうと河原へ降りてみると、先に起きていた狼が何かへ向かって喧しく吠え立てているではないか!
その尋常ではない様子に明らかな異常を感じた俺は、斧を持って河原へと駆け出した。
「どうした!? イノシシか!」
依然として警戒モードを解かない狼の視線の先、そこには奇妙な服装の少女が倒れている!
「ひッ、人! まさか蛇女か!?」
脳裏を過ったのは忘れ難い夜の記憶。
だが、どうも様子が変だ……。
躊躇いがちに近付くと僅かに目蓋が動き、小さな声で寝言のような事を口にしている。
河原に突っ伏して動かない少女は見るからにユルい雰囲気を醸しており、どう見ても蛇女とは違う――と思いたいのだが……。
もしや、俺と同じ遭難者なのだろうか?
とりあえず生きている事だけでも分かり、最悪の事態を想像していた俺は一先ず安堵の溜め息を漏らす。
容姿から察するに、恐らく危険な人物ではなさそうだが…気になる点が一つだけあった。
それは少女の頭から伸びている…角?
右の額から伸びている小さいのは本当に?
ウソみたいだ…こんなの…まるで……。
「その…大、丈夫です…か?
俺の声、聞こえてますか…?
どこか痛む所は………」
そう言い掛けたが不意に少女の艶やかな唇が震え、次の予期せぬ展開に備える俺の全身に、ただならぬ緊張が走った。
「は、腹へったのじゃあ~」
…放っといて帰ろう。
少女は無事だった。
というか、全然平気だったわ。
踵を返して朝食の準備でもしようとした所で、足首をガッツリ掴まれた。
「お願いじゃあ~、食べ物を…なるべく美味しい物を腹一杯食わせてくれ~」
……絶対に関わりたくない。帰ろう。
しかし、いくら力を入れても掴まれた足は微動だにせず、少女は相当に切羽詰まっているのが見てとれる。
思えば俺も異世界に飛ばされた頃は空腹で心細かった。
この子も何があったか知らないが、昨夜は森の中を彷徨い、耐え難い空腹に苛まれているのだろう。
だが、少女は瞳を潤ませて華奢な体を縮こませる一方で、掴んだ右手からは『絶ッ対ぇ放さねぇ』という確固たる意思を感じ背筋が凍りつく。
傍らで俺の心情を察してくれたのか、狼は心配そうな顔を浮かべ悲しげな声で鳴いている。
「怪我はないようで安心しました。
よろしければ朝食を一緒にとりませんか?」
我ながら明け透けな程に取り繕う言葉。
その真意は背を向けたまま発せられた事からも明白だったのだが、それを『待ってました』と言わんばかりに少女はシャキッと立ち上がり、俺よりも前を歩いて急かす。
「おぉ! そうか、そうか。
なら、お言葉に甘えようかのう!」
飛びっきりの嫌な予感。
この時はまだ、そんなレベルで考えていた。