山野菜とイワナの塩鍋
「うむ、本日の最高傑作!」
完成した新作竹箸の使い心地は快調で、これなら菜箸のような長物でも安心して作れそうだ。
渾身の一作が完成した頃に野菜の灰汁抜きも完了したので、ワタを取り除いたイワナと残った焼き干しを投入してハーブで香り付けする。
余分な水分を熱で飛ばしてしまえば食べ頃だ。
「山野菜とイワナの塩鍋が完成!
おーい、お前も食べるだろ?」
竹コップや空き缶に落ちる水滴が珍しいのか、それとも水音に興味を惹かれているのか、狼は飽きもせずに大はしゃぎで、呼び掛けると喜んで駆け寄ってきた。
ズボンの裾を噛んで音のする方へ連れていきたいのだろうが、俺は腹が減って仕方ないんだよ。
「おいおい、遊ぶのは後だろ?
今は食事にしようか」
ささやかな抵抗を続ける狼を抱き上げて鍋の前へと連れていくと、ようやく匂いに気づいたのか、早速分け前を要求してきた。
「はいはい、分かってますよ。
先にコレでも食べて、ちょっと待ってな」
調理前のイワナを出す前に恒例のワタを食べさせ、その間に配膳を済ませる。
こいつの食欲も日に日に旺盛になってきたようで嬉しい。
鍋の方も上々の仕上がりで、野菜は思ったより柔らかく煮込まれていた。
しかし、ダイコンとタケノコはともかく、ワラビは煮込み過ぎたのか形を保てずに萎れてしまったようだ。
「まぁ、食えりゃ良いのよ。
旨けりゃもっと良いけどさ」
食べてみるとタケノコは安定の食感と魚の旨味によって、文句なしに美味しく調理されていたが問題はサワダイコンである。
乱切りとはいえ小さく切り分け、灰汁抜きも含めて十分に火を通したのだが、芯の方は硬さが残ってしまって味の浸透も十分とは言えなかった。
「あー、時間が短かった? 案外難しいわ」
鋳鉄製のダッチオーブンは火の通りがアルミよりも優れ、更に焚き火を使った高温で調理したにも関わらず芯が残るとは……。
森で簡単に手に入るサワダイコンという食材の調理方法は今後の課題かな。
ハーブとワラビは熱で溶けてしまい素材の味は判別できなかったが、その風味はスープに活かされていた。
独特の香りと僅かな苦味、そこに焼き干しで使われた塩気が加わり、悪くない味わいだ。
特に気温が低下する雨の日は、体の中から暖まる鍋料理は鉄板中の鉄板と言えるだろう。
「鍋って不思議と食い過ぎちゃうんだよな~。
お陰で焼き干しも全部なくなっちまったよ」
さて、メインディッシュのイワナは?
こちらは失敗など起きようもなく、柔らかな肉は口に含めると溶けるように胃袋へ消えてしまい、使用するハーブによって様々なバリエーションも楽しめるという万能ぶり。
癖のない白身というのが料理の幅を広げているのかもしれない。
今の所、ホームで最も旨い食材の座をサワグリと二分しているが、まだまだ出会った事のないお宝が眠っているはずだ。
異世界に来てから日も浅い。
焦らず探していけばいいさ。
共に食事を終えた狼は思い出したと言わんばかりに、再び雨音が奏でる素朴なコンサートに夢中になっていた。